セドリック – Y34最後のハードトップは、名前の使い方まで変えた

1999年、セドリックのハードトップがY34へ変わりました。これが、その系統では最後のモデルチェンジになります。
ただ、Y34は最後を待つだけの車ではありません。ブロアムとグランツーリスモの名を外し、外観、エンジン、足回り、車内の情報表示まで、新しい上級車の形を探りました。
それまでのセドリックが持っていた何を残し、何を変えたのか。最後のハードトップを、そこから見ていきます。
ブロアムも、グランツーリスモも名乗らない
Y33までは、セドリックの中に「ブロアム」と「グランツーリスモ」がありました。豪華な系列と走りの系列を、同じ車名の下で選ぶ作り方です。
1999年6月に登場したY34セドリックでは、その二つの系列名を廃止します。日産は、セドリックとグロリアのそれぞれに一つの性格を与える方針を示しました。セドリックは落ち着いた風格、兄弟車のグロリアは動きのある表情。上級車の選び方を、グレード系列ではなく車名の違いへ移したのです。

写真の後ろ姿では、トランクまで大きな面が続き、角は丸く処理されています。日産が発表時に強調したのも、陰影によって表情が変わる外観でした。ブロアムとグランツーリスモの名前を外し、まず一台のセドリックとして見せる。Y34のデザインと車名の整理は、同じ方向を向いています。
直噴V6と二つのターボ
Y34のエンジンは一種類ではありません。3.0Lと2.5Lの直噴V6、VQ30DDとVQ25DD。さらに3.0LターボのVQ30DET、4WD用の直列6気筒ターボRB25DETが並びました。
直噴V6では、燃料をシリンダーへ直接噴射します。日産の1999年発表では、VQ30DDとVQ25DDのそれぞれが従来型の対応エンジンに比べ、10・15モード燃費を約23%向上させ、出力も20PS上げました。上級車に必要な余裕を保ちながら、燃料の使い方にも手を入れたわけです。
VQ30DETは最高280PS。4WD車に載るRB25DETもターボ付きの直列6気筒で、260PSでした。直噴V6を選ぶか、二つのターボのどちらを選ぶか。同じハードトップでも、エンジンと駆動方式の組み合わせは一つではありません。
発売時の「300VIP」はVQ30DET、「300LV」はVQ30DD、4WDの「250LV FOUR」はRB25DET。同じセドリックのカタログでも、グレード名をたどれば、走りの中身は一台ずつ違いました。系列の名札を外した分だけ、個々の仕様を見ることが大切になります。
先代までの系列名はなくなっても、買う人が求める走りを一つに絞ったわけではありません。Y34は名前の構成を整理しながら、動力の選び方には幅を残しました。
滑らかさは、車体と足回りから作る
新しいLLクラスのプラットフォームを採用し、日産は従来型に対して車体剛性を約23%高めたと発表しました。頑丈な車体に足回りを取り付ければ、段差を越えたときの揺れも、ハンドルを切ったときの反応も、より正確に整えられます。
前輪はストラット式、後輪には新開発のマルチリンク式サスペンション。後輪のサスペンションにはアルミ材を使い、片側で約6kg軽くしています。車体だけでなく、路面に触れる足回りにも手が入りました。
大きな上級車は、運転席だけが快適でも足りません。後席で継ぎ目の衝撃をどう受けるか、長距離で車体がどう落ち着くか。エンジンの数字だけでは分からない乗り味を、Y34は車体とサスペンションの両方から詰めていました。
メーターと画面を、一つの場所へ
Y34の室内では、メーターと液晶モニターを一体にした「トータルインフォメーションディスプレイ」が目を引きます。オーディオやエアコンの表示に加え、車両の警告や対処法、燃費、整備に関する情報も示す仕組みです。
運転席に必要な情報を、計器の間に集めて見せる。ナビゲーションの画面を置いただけではありません。日産が「ドライバーとクルマのコミュニケーション」と呼んだものを、室内の設計へ入れたのです。
2001年12月のマイナーチェンジでは、7インチワイド液晶モニターとFM多重VICSが全車標準になりました。出たときの仕様だけで固定せず、情報装備を更新しながら売り続けたことも、Y34の約5年間を形づくっています。
セドリックはこのとき、フロントグリルとバンパーグリルも新しくし、リアランプの配色を変えました。画面で見える情報と、街で見える車の表情。その両方に手を入れた改良でした。
同じ改良では、SRSカーテンエアバッグも加わります。セドリックの300LX VIP-Zと300LV VIPでは標準、そのほかのグレードではオプション。画面の新しさと、衝突時に乗員を守る装備の積み重ねが、並行して進んだ時期でした。
2004年で終わったのは、ハードトップ
2004年、Y34のハードトップは生産を終えます。日産が同年に新しい上級セダンへ与えた名は「フーガ」でした。セドリックのハードトップは、ここで次の車名に道を譲ります。
それでも「セドリック」はすぐには消えません。別の系統として残ったY31セダンは営業車などに使われ、日産車体は2014年9月まで生産を続けました。ハードトップが止まってから、さらに約10年です。
国内の年表だけでも、二つの終点があります。しかもY34のセドリックは中東向けの販売地域表にも名前が載る車でした。日本の街で見た最後の姿だけで、その歩みを閉じることはできません。
Y34は、ハードトップという一つの作り方を締めくくった世代です。車名は別のセダンに残り、上級車の役目はフーガへ渡る。三つの線が同じ年に終わったわけではない。そのずれまで含めて、セドリックの最後のハードトップだったのです。


セドリック – Y34【最後のハードトップは、名前の使い方まで変えた】
Nissan
クルマのかるた
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