セドリック – Y31グランツーリスモを加えた7代目

小鍛治康人(やすと)約6分
画像:Ethan Llamas/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

1987年6月17日、7代目セドリックY31が登場しました。Y30からV6を受け継ぎながら、新たに「グランツーリスモ」を加えます。ブロアムと並ぶ、走りを前に出したセドリックです。

この世代には、もう一つ大事な顔があります。4ドアハードトップが次のY32へ進んだ後も、Y31のセダンは営業車として生き続けました。Y31を一つの終了年で語れないのは、同じ型式の中に二つの時間があるからです。

ブロアムの隣に、グランツーリスモ

ブロアムの名前には、セドリックの上級車らしさがありました。Y31はそこへグランツーリスモを並べます。日産が掲げたのは、上級車にも「運転する楽しさ」を持たせることでした。

黒いY31型セドリック・グランツーリスモSVを斜め前から見た写真
Y31型セドリック V20ツインカムターボ・グランツーリスモSV。写真:TTTNIS/撮影者によるパブリックドメイン公開。Commonsの縮小版を使用

写真のグランツーリスモSVを見ると、低く見えるフロントと、車体を長く見せる側面の線が目に入ります。同じセドリックでも、後席の落ち着きを想像させる名前だけでは終わらない。自分でハンドルを握る人へも、車の性格を示したのです。

走りを見せるグランツーリスモ、上級装備を重ねるブロアム。その横には、後に営業用として長く残るセダンもあります。Y31は最初から、一つの性格に収まらない世代でした。

VG20DETは185PSから210PSへ

グランツーリスモの走りを支えた一つが、VG20DET型の2.0L V6ツインカムターボです。4バルブDOHCにセラミックターボを組み合わせました。

このエンジンの最高出力は、初期型で185PS。1989年以降は210PSとなり、日産が保存する1991年式グランツーリスモSVも210PSです。同じVG20DETの名前のまま、登場時から25PS上積みされました。

1991年式保存車のホイールベースは2,735mm。足回りは前ストラット、後ろはセミトレーリングアームの独立懸架です。ターボエンジンと足回りを合わせて見ると、グランツーリスモが動力だけでなく、曲がるときの車の動きにも目を向けていたことが分かります。

それは「大きなセダンだから運転を任せる」という発想から一歩出ることでした。上級車の静けさや装備を保ちながら、自分で走らせる楽しさも選べる。Y31はその選択肢を、ブロアムの隣に置きました。

1991年、ハードトップだけが先へ進む

1991年、セドリックの4ドアハードトップは8代目Y32へモデルチェンジします。でも、街からY31の姿が消えたわけではありません。セダンはY31型のまま生産を続けました。

Y31にとって1991年は、終わりではなく分岐点でした。華やかなグランツーリスモを持つハードトップは次へ渡り、別の仕事を担うセダンは自分の時間を続けます。

後席のために変わったセダン

黒いY31型セドリック・セダンのタクシーを斜め前から見た写真
諏訪交通のY31型セドリック・セダン。写真:Mr.choppers/CC BY-SA 4.0。Commonsの縮小版を使用

Y31のセダンは、タクシーにも使われました。写真では、後席の窓まで続く太い屋根の柱と、独立したトランクがよく分かります。前の写真のグランツーリスモと見比べると、同じY31でも車体の役割が違うことが見えてきます。

1991年の改良では、後席の頭上を広げるためにルーフの形が変わりました。後ろの小さなオペラウインドーも廃止されます。外から見える変更ですが、理由は後ろに乗る人の空間でした。

フォグランプ一体型のハロゲンヘッドライト、高い位置のブレーキランプ、ドア側面の補強材、運転席の上下調整機構も標準装備に加わりました。ハードトップが次の世代へ移っても、セダンには使われ方に合わせた改良が続いていたのです。

V6だけではなかった長い後半

営業用セダンのエンジンは、グランツーリスモのVG20DETとは別です。日産の資料では、当初のタクシー向けにLPGのRB20PとディーゼルのRD28が挙げられ、1991年には4気筒LPGのNA20Pが加わっています。

1996年式の保存車「オリジナル」は、そのNA20Pを載せたタクシー仕様です。1,998ccで82PS、変速機はコラム式の4段MT。同じY31でも、210PSのグランツーリスモSVとは、エンジンも車内の使い方もまるで違います。

人を乗せて日々走るセダンには、V6ターボとは別のエンジンと装備が選ばれました。Y31の長い後半は、上級ハードトップの続編ではなく、セダン自身の歩みです。

2014年まで続いた車名

日産車体の資料では、Y31系セドリックの生産終了は2014年9月。日産の案内では、販売終了は同年11月です。1991年にハードトップがY32へ進んでからも、セダンは20年以上つくり続けられました。

セドリックのハードトップ系は、その間にY32、Y33、Y34へ進み、2004年に生産を終えます。Y31セダンはそこからも約10年走り続け、同じ車名の年表をさらに先へ延ばしました。

1987年に生まれたY31は、走りを掲げたグランツーリスモで新しい顔を見せ、後には営業用セダンとして長く働きました。速さを見せた前半と、使われ続けた後半。二つを合わせて初めて、Y31の時間がつながります。

憧れた側から、作る側へ。

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