「高級車」とは何か。1960年代初頭の日本で、その問いにまともに答えられたメーカーはほとんどありませんでした。
トヨタにはクラウンがあり、日産にはセドリックがあった。
ただ、どちらもまだ手探りの時代です。そんな中で登場した2代目セドリック・P31系は、日産が「うちの高級車はこれだ」と初めて胸を張れた一台だったと言えます。
初代が残した宿題
1960年に登場した初代セドリック(30系)は、日産にとって初の本格的な上級セダンでした。ただ、正直に言えば初代はまだ「高級車の練習」に近い存在です。エンジンは堅実だったものの、デザインや内装の質感でクラウンに対して明確な優位を示せたかというと、やや心もとない。
当時の日本はモータリゼーションの入口で、乗用車そのものがまだ贅沢品でした。その中で「さらに上」を目指す高級セダンには、単に大きくて立派というだけでなく、見た瞬間に格の違いが伝わるデザインが求められていた。初代はその課題を残したまま、わずか2年でバトンを渡すことになります。
ピニンファリーナの名がもたらしたもの
P31系のデザインを語るとき、必ず出てくるのがイタリアのカロッツェリア、ピニンファリーナの名前です。正確には、ピニンファリーナが全面的にデザインしたというより、同社の監修・助言を受けながら日産社内でまとめ上げたとされています。ただ、その影響は明らかでした。
直線を基調としつつも、フェンダーラインに柔らかな抑揚を持たせたボディは、初代のやや素朴な印象とは別物です。フロントグリルの造形やリアまわりの処理に、当時のイタリアンデザインの文法がはっきりと読み取れる。要するに、「国産車なのに、どこか欧州の匂いがする」という空気をまとっていたわけです。
これは単なる見た目の話ではありません。1960年代前半、日本の消費者にとって「欧州的な洗練」は高級の代名詞でした。ピニンファリーナの関与は、デザインそのものの質を上げると同時に、「日産は本気で世界水準の高級車を作ろうとしている」というメッセージでもあったのです。
G型エンジンという選択
P31系で注目すべきもうひとつのポイントが、G型エンジンの搭載です。直列4気筒OHVのG型は、排気量1.9リッターで最高出力は約88馬力。数字だけ見れば地味に思えるかもしれませんが、当時の国産上級セダンとしてはまっとうなスペックでした。
G型エンジンの美点は、スペック上の派手さよりも実用域での扱いやすさにあります。低中速トルクが厚く、街中でも高速道路でも不足を感じにくい。高級車のエンジンに求められるのは、レッドゾーンまで回したときの快感ではなく、どの回転域でも余裕を感じさせる静かな力強さです。G型はその要件をきちんと満たしていました。
後に直列6気筒のH型エンジンを積んだ上位モデル(H30系)も追加されます。6気筒の滑らかさは4気筒では到達できない領域で、これによってセドリックは「4気筒で十分実用的、6気筒ならさらに上質」という幅のあるラインナップを手に入れました。この多層構造は、後の歴代セドリックにも受け継がれる考え方です。
クラウンとの距離感
P31系を語るうえで、トヨタ・クラウンとの関係は避けて通れません。1962年当時、クラウンは2代目(S40系)の時代。こちらもデザインを大幅に刷新し、国産高級車の座を固めようとしていました。
クラウンが「保守的な安心感」を武器にしていたのに対し、P31系セドリックは「モダンな洗練」で勝負しようとしていた。ピニンファリーナの血が入ったスタイリングは、クラウンとは明らかに違う方向性を示しています。つまり日産は、クラウンの真似をして追いかけるのではなく、高級車の定義そのものを変えようとしたわけです。
ただ、販売台数という現実で見れば、クラウンの牙城を崩すまでには至りませんでした。法人需要やタクシー市場ではセドリックも健闘しましたが、個人ユーザーの「高級車といえばクラウン」というイメージは根強かった。この構図は、その後何十年にもわたって続くことになります。
高級車としての足場を固めた世代
P31系の功績は、単にデザインが良くなった、エンジンが変わったという個別の進化にとどまりません。この世代で日産は、セドリックというブランドの骨格を作り上げました。
欧州的な美意識をデザインに取り入れること。エンジンのラインナップで幅を持たせること。法人にも個人にも訴求できる上質さを目指すこと。これらの方針は、後の130系、230系、そして330系へと続くセドリックの系譜を貫く基本思想になっていきます。
特に、130系以降でセドリックが本格的に直列6気筒中心のラインナップへ移行していく流れは、P31世代でH型6気筒を追加した経験がなければ生まれなかったはずです。高級車には6気筒、という常識を日産の中に根づかせたのは、まさにこの世代でした。
「まだ発展途上」だったからこそ面白い
P31系セドリックは、完成された名車かと問われれば、正直そこまでの評価は難しいかもしれません。後の世代と比べれば装備も簡素だし、エンジンの洗練度にも限界がある。クラウンに勝てたかと言えば、勝ちきれなかった。
でも、だからこそ面白い。この世代には、日産が「高級車とは何か」を本気で考え始めた痕跡がはっきりと残っています。ピニンファリーナに学び、エンジンの選択肢を広げ、クラウンとは違う価値を提示しようとした。その試行錯誤の密度が、P31系をただの旧車ではなく、セドリックという系譜の出発点にしているのです。
完成された車より、何かを掴もうとしている車のほうが、振り返ったときに語れることが多い。P31系は、まさにそういう一台です。
セドリックの系譜


セドリック – P31【高級車の形を決めた2代目の覚悟】
Nissan

この記事を書いた人
hodzilla51
クルマの系譜を追ってたら、いつの間にかサイトになっていました




