セドリック – 230型グロリアと骨格を共有した3代目

1971年2月、セドリックは3代目の230型になります。ここで起きた変化は、ボディの線を描き直すだけではありません。セドリックとグロリアが、初めて基本構造を共有したのです。
二つの車名は残ったまま。けれど車の成り立ちは近づいていく。230型は、その始まりを形にした世代です。
合併の後、二つの系譜が交わる
日産とプリンス自動車が合併したのは1966年。そのあとも、セドリックとグロリアはそれぞれの系譜で走っていました。1965年登場の2代目セドリック130型は、ピニンファリーナが外観を手がけた車です。
一方、1967年登場のグロリアA30型は旧プリンスが開発を進めた車。縦に並ぶ四灯を持ち、「タテ目のグロリア」とも呼ばれました。その後、1969年の改良でエンジンは旧プリンス系のG7型から日産のL20型へ変わります。車体が共通になる前に、エンジンから距離が縮まっていたのです。
1971年の230型で、セドリックとグロリアは基本構造を共用します。セドリックにとっては3代目、グロリアにとっては4代目。同じ230型という呼び方でも、何代目かは車名ごとに数えます。
セドリックとグロリアの車名はどちらも残りました。共通の土台を持ちながら二つの名で走る。その後の二車の関係を読む起点が、230型です。
コークボトルラインの長い車体
130型の「フローイングライン」から、230型では車体側面に抑揚のある「コークボトルライン」へ。日産自身がそう呼ぶ、前後のふくらみと中央の絞り込みを持つ輪郭です。
セダンの後ろ姿を見ても、単純な四角い箱には見えません。後輪の上からトランクへ続く面に厚みがあり、長い車体に動きが生まれています。ピニンファリーナの130型と同じ「流麗」という言葉で呼べても、線の作り方は違います。

ただ、230型の面白さはこの線だけでは収まりません。同じ骨格から、用途も屋根の形も異なる車体が用意されました。
セダンだけで始まった車ではない
登場時の車体は、4ドアセダン、2ドアハードトップ、ステーションワゴン、バン。人を運ぶセダンと、荷物を積む車を同じ世代に並べていました。
セダンの4枚のドアとまっすぐな屋根に対して、2ドアハードトップは低い屋根と長いドアが目立ちます。ステーションワゴンなら、荷室のために屋根が後ろまで伸びる。写真を一枚ずつ並べると、同じ230型の車体とは思えないほど表情が違います。

写真のGXは2ドアハードトップ。長いドアの向こうに後席の窓が続く、この低い屋根の形を4ドアにも広げたのが、翌年の変化です。
4ドアハードトップが加わる
1972年には、ピラーレスの4ドアハードトップが追加されます。日産はこれを国産車初のピラーレス4ドアハードトップと記しています。登場時からあった2ドアに、今度は4ドアのハードトップが並んだのです。
ピラーレスとは、前席と後席の窓の間に見える柱をなくした形。230型の4ドアハードトップは、窓の枠もなくしています。日産は、クーペに近い外観と後席の広さを両立した車として紹介しています。写真の2ドアハードトップとはドアの数が違いますが、横から見たときの抜けのよさはつながっています。
日産の保存車には、1973年式KF230の4ドアハードトップ2000カスタムデラックスが残ります。全長4,690mm、全幅1,690mm、全高1,420mm。一方、1972年式のセダン2000GLは全長と全幅が同じで、全高は1,455mm。展示車の数字を並べると、ハードトップの屋根は35mm低くなっています。
両車のホイールベースも2,690mmです。長さの数字を変えずとも、屋根や窓の形を変えると、車の印象はずいぶん違って見えます。1972年に加わった4ドアハードトップは、230型の共通した大きさの中で、新しい上級車の姿を示しました。
L20からL26へ、選択肢を増やす
発売当初のエンジンは、2LのL20型直列6気筒。1971年には2.6LのL26型が加わります。車体の選択肢が広かった230型は、排気量でも幅を持つようになりました。
先ほどの1973年式KF230・4ドアハードトップ2000カスタムデラックスは、L20型1,998ccで115PS。日産が示す当時の車両価格は115万円です。2.6L車が加わった後も、2Lの4ドアハードトップがラインアップの一角を占めていたことがわかります。
この保存車は前輪にディスク、後輪にドラムのブレーキを使い、前輪はダブルウィッシュボーン、後輪はリーフ式の足回りです。窓枠のない新しい屋根の下にも、セドリックとしての基本的な機械構成が続いていました。
2ドアと4ドア、セダンとハードトップ、2Lと2.6L。230型は車体とエンジンの選択肢を年ごとに増やしていきました。1972年の4ドアハードトップ追加は、その広がりの中でも目に見えて大きな一歩です。
1975年、次の課題へ
日産は230型の販売台数が、当時のトヨペット・クラウンを上回ったと記録しています。基本構造をグロリアとそろえ、4ドアハードトップまで増やしたこの世代は、販売の記録にも名前を残しました。
同時に、セダンは「特別機動捜査隊」などのテレビの刑事ドラマにも登場しました。高級車のための新しいハードトップと、街でよく目にする4ドアセダン。230型には、見せる顔と働く顔の両方がありました。
1975年、セドリックは4代目330型へ交代します。コークボトルラインを持つ230型の後、次の世代では排出ガス規制への対応が車の変化を強く左右します。二つの車名が一つの骨格を持つ関係は、その先にも続きます。


セドリック – 230型【グロリアと骨格を共有した3代目】
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