2006年、4代目パジェロが登場したとき、かつてのような熱狂はもうありませんでした。
スキー場を埋めたRVブームは遠ざかり、街では軽くて燃費のいいクロスオーバーSUVが選ばれていた。三菱のダカール参戦も、間もなく終わろうとしていました。
それでも4代目は、国内で13年間売られ続けます。
大きく流行を作ることはなかった。しかし、誰かがまだ本物の四駆を必要としているかぎり、カタログから消えなかった。4代目は、拍手のない時代にパジェロが何者だったのかを、いちばんよく表した世代です。
角張った姿へ戻した理由

ジムニー – JB64【20年ぶりの全面刷新が証明した「変えない」という戦略】
2018年に20年ぶりのフルモデルチェンジを果たしたJB64型ジムニー。なぜこれほど長く待たされ、なぜこれほど支持されたのか。変わったこと、変えなかったことの意味を読み解きます。
4代目の姿には、ひと目で分かる変化がありました。
3代目の大きく膨らんだフェンダーと曲線的な顔をやめ、ボンネットを水平に見せ、フロントグリルを立て、ボディ側面にも直線を戻した。初代や2代目を思わせる、四角いパジェロです。
3代目の丸い姿に戸惑った人へ、三菱はもう一度「これがパジェロだ」と分かる形を差し出しました。背面スペアタイヤも、ツートーンカラーも残っています。
ただし、これは昔へ戻るためのデザインではありませんでした。中身まで2代目のラダーフレームへ戻したわけではなく、3代目で選んだビルトインフレーム・モノコックと4輪独立懸架を継承しています。
見た目は原点へ戻り、骨格は進化を引き返さない。 4代目の立ち位置は、その組み合わせに表れていました。
変わって見えない、7割の再設計

ランドクルーザー – GRJ300/VJA300【14年の沈黙を破った、重さとの決別宣言】
14年ぶりのフルモデルチェンジで登場した300系ランドクルーザー。TNGA-Fプラットフォームによる200kg軽量化とツインターボ化、そしてランクル史上初のハイブリッド投入。なぜトヨタはここまで大胆に変えたのか、その背景を読み解きます。
4代目は、外から見ると3代目の改良型にも見えます。ホイールベースも基本的な車体構成も受け継いだからです。
しかし三菱によれば、見直した構造は約70%。実質的な全面再設計でした。
ビルトインフレーム・モノコックは、スポット溶接の範囲を広げ、カウルトップを高剛性化。高張力鋼板と構造用接着剤も使い、強度を上げながら重量増加を抑えました。サスペンションの取り付け部やリヤまわりの形状にも手を入れ、荒れた路面での動きと舗装路での落ち着きを詰めています。
目指したのは、乗った瞬間に驚かせる新しさではありません。操作に対してクルマが自然に動き、長距離を走っても違和感が残らないことでした。
派手な発明を看板にするのではなく、3代目で大きく変えた構造を、時間をかけて完成させる。4代目のモデルチェンジは、革命というより答え合わせでした。
電子制御と機械式デフロックの共存

ランサーエボリューションX - CZ4A 【エボというアイデンティティの最終形態】
エボXは、これまでのランエボとは少し意味が違います。 エボVIIが新世代シャシーへの転換、エボVIIとIXがその熟成だったとすれば、エボXは土台そのものを一度壊して作り直したモデルです。 三菱公式も、2007年10月発売 […
4代目には、スーパーセレクト4WD-IIとASTC(アクティブスタビリティ&トラクションコントロール)が採用されました。
ASTCは、滑りやすいカーブで車体の姿勢を整え、空転したタイヤにブレーキをかけて、接地しているタイヤへ駆動力を残す電子制御です。一方、泥濘地から脱出するときには、左右の後輪を直結する機械式リヤデフロックが強い。
従来、この二つを同時に働かせるのは簡単ではありませんでした。デフを機械的に固定した状態へ電子制御が介入すれば、互いの狙いがぶつかるからです。
4代目はリヤデフロックの作動をASTC側で検知し、協調して制御できるようにしました。電子制御か、昔ながらの機械か。そのどちらかを選ぶのではなく、必要な場面で両方を使う。
それは、モノコックになっても本格四駆であり続けるという、3代目からの考え方をもう一段深めた技術でした。
客が呼び戻した3.2Lディーゼル

ランドクルーザー – FZJ100/UZJ100/HDJ100【オフローダーが高級車になった転換点】
100系ランドクルーザーは、トヨタが本格オフローダーを高級SUVへと再定義した転換点。V8搭載とフルモノコック的設計思想で、グローバル市場における「ランクル=最上級」の地位を決定づけた一台です。
日本仕様の発売時に用意されたのは、V6 3.0LとV6 3.8Lのガソリンエンジンでした。歴代パジェロを支えてきたディーゼルは、国内仕様からいったん姿を消します。
当時の日本では、排出ガスをめぐってディーゼル乗用車への風当たりが強く、各社が設定を縮小していました。しかし重い車体で長距離を走り、雪道や坂道を進み、荷物を積み、ときには何かを牽引するパジェロにとって、低回転から力を出すディーゼルは単なる廉価版ではありませんでした。
復活を求める声を受け、2008年に3.2Lコモンレール式DI-Dが追加されます。2010年には排出ガス性能を高めたクリーンディーゼルへ進化しました。
ブームのころなら、太いタイヤや豪華な装備が欲しい理由になったかもしれません。4代目を待っていた人が求めたのは、自分の使い方に必要なエンジンでした。
流行ではなく用途で選ばれるクルマになった。 ディーゼルの復活は、4代目の客層を象徴しています。
最後の勝利、その先にあった砂漠との別れ

4代目の発売から約3か月後、2007年1月のダカールラリーで三菱は7大会連続、通算12回目の総合優勝を果たしました。
優勝車は市販の4代目そのものではなく、競技専用のパジェロエボリューションです。それでも、パジェロという名前が世界で積み重ねてきた強さは、この勝利で頂点に達しました。
その後、三菱は競技車をレーシングランサーへ切り替え、2009年にダカールから撤退します。1983年から続いた挑戦は終わり、砂漠で勝つことが市販車の説得力になった時代も幕を閉じました。
4代目は、パジェロ最後のダカール優勝を見届けた世代です。そして皮肉にも、競技で名前を叫ばれなくなってからの方が、はるかに長く売られました。
主役ではなくなった。その先に残る役割

ジムニー – JB23【20年間売り続けた、最後の「濃い」軽オフローダー】
1998年から2018年まで、実に20年間にわたって販売されたスズキ ジムニーJB23型。なぜこれほど長寿だったのか、なぜ改良を重ねながら基本を変えなかったのか。その背景と意味を読み解きます。
2000年代後半のSUV市場で主役になったのは、舗装路での燃費と取り回しに優れたクロスオーバーでした。悪路に行かない人には、大きな副変速機も、リヤデフロックも、頑丈な車体も過剰です。
家族を乗せるならミニバンがあり、街でSUVらしい姿を楽しむなら、もっと軽くて安い選択肢がある。かつて一台で引き受けていた役割は、別々のクルマへ分かれていきました。
だから4代目は、2代目のように誰もが憧れる商品ではありませんでした。
その代わり、雪国で確実に帰ってくること、長い距離を疲れずに走ること、舗装が終わった先まで家族と荷物を運ぶことを求める人には、代わりが少なかった。パジェロが必要な人の数は減っても、必要とされる理由は薄まりませんでした。
ブームの中心から降りたことで、4代目はようやく、記号ではなく道具として愛されるようになったのだと思います。
700台のファイナルエディション

パジェロ – 2026年新型【ラダーフレームへ戻った、三菱4WDの本流】
2026年秋、パジェロが復活します。トライトン由来のラダーフレーム、専用サスペンション、S-AWCを採用。3代目で捨てた構造へ戻りながら、歴代の思想を現代に組み直す新型の狙いを追います。
2019年、三菱は国内向けパジェロの生産終了を発表しました。最後に用意されたファイナルエディションは700台。3.2LクリーンディーゼルのEXCEEDをベースに、リヤデフロック、電動ロングサンルーフ、ルーフレール、本革シートなどを標準装備しました。
国内累計販売は64万台以上。4代目だけでも13年間を走り切りました。日本向けが終わったあとも海外向けは残り、2021年まで生産されています。
華やかな新技術を毎年のように追加したわけでも、大ヒットで延命したわけでもありません。同じ基本設計のまま、必要とする市場へ作り続けた13年でした。
初代は、四駆を我慢して乗る時代を終わらせました。2代目は、四駆を時代の主役にしました。3代目は、主役であり続けるために常識を壊しました。
そして4代目は、主役でなくなっても残りました。
歓声が消え、砂漠からも去り、街から大きな四駆が減っていく。その最後まで、パジェロはパジェロを必要とする人のために、同じ形で待っていたのです。
パジェロの系譜


パジェロ – V80/V90【熱狂のあとを、13年走り続けたパジェロ】
Mitsubishi

この記事を書いた人
hodzilla51
クルマの系譜を追っていたら、いつの間にかサイトになっていました




