ブルーバードとは
日産が初めて「名前」で売ったクルマが、ブルーバードでした。
1959年のP310以前、日産の乗用車はダットサンの型式で呼ばれていました。そこに愛称を与えた最初の一台がこれです。1963年のP410ではピニンファリーナにデザインを委ね、日産は自分の見え方を外部の目に預けます。
転機は1967年のP510でした。四輪独立懸架とSOHCのL型を積み、サファリラリーで総合優勝。日本車が世界で通用すると証明した一台として、いまも語られ続けています。ブルーバードという名前の評価の大半は、この世代が作ったと言っていいと思います。
その後は大きくなり、豪華になっていきます。P610、P710、そしてFR最後のP910。1983年のU11でFFへ移行し、1987年のU12はSR20とアテーサを得て「走るブルーバード」の到達点になりました。U13、U14と続いたあと、名門の看板は静かに下ろされます。
歴代10世代をたどると、日産という会社が何を目指し、どこで方向を変えたのかが、そのまま出てきます。










