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Mitsubishiランエボ

ギャラン VR-4 - E38A/E39A【後のランエボを作った4WDターボ】

  • hodzilla51
  • 7分で系譜を理解
ギャラン VR-4 - E38A/E39A【後のランエボを作った4WDターボ】

ギャランVR-4は、1987年12月に登場した高性能4WDセダンです。

三菱公式の会社史では、このVR-4は4G63 DOHCインタークーラーターボを搭載し、205ps/6000rpmを発生すると説明されています。

しかも単なる速い上級グレードではなく、フルタイム4WDと4WSまで組み合わせた当時の三菱のフラッグシップモデルでした。

つまりギャランVR-4は、後からラリーに使われたのではなく、最初から「技術の全部入り」で世に出た高性能セダンなわけです。

「グループAで世界と戦うクルマ」

このクルマの意味は、市販車の豪華さだけでは足りません。

新型ギャランが1987年10月に登場した後、その高性能版であるギャランVR-4を武器に、三菱は1988年から5年ぶりにWRCへ本格復帰します。

ワークスとセミワークスの二本立てで参戦し、ヨーロッパ戦線とアジア・パシフィックの両方を睨んでいました。

つまりVR-4は、三菱が“国内で速いクルマ”を作った話ではなく、世界ラリー選手権で戦う前提のグループAベース車として出てきたクルマだったわけです。

名機4G63が、この先の三菱を決めてしまった

ギャランVR-4、そしてランエボすらも語るうえで外せないのが4G63です。

WRCアーカイブでは、グループAの厳しい規則下でも、この4G63エンジンは競技仕様でキャリア初期から300馬力超を発揮していたと説明されています。

さらに1990年ダカールのページでも、当時WRCを戦っていたギャランVR-4の4G63は300PS、45kg-m級の性能を持っていたとされています。

要するに4G63は後のランエボで神格化される前から、すでにギャランVR-4の時点で世界と戦えるターボだったんです。

ランエボの強さは突然生えたものではなく、既にこの時点で作られていたんですね。

4WDと4WSまで持ち込んだ

ギャランVR-4の面白さは、ただのターボ四駆で終わらないこと。

このクルマはフルタイム4WDに加えて4WSまで備え、当時大きな注目を集めました。ここがすごく80年代末の旗艦モデルらしい。

後のランエボのような「軽量・戦闘的・ラリー直結」というより、VR-4はまず三菱が持てるハイテクを全部投入して、世界で勝てるセダンを成立させようとしたクルマでした。

やや大柄で重さもあるが、その代わりスケールの大きい速さと安定感を持っていたんです。

実戦では、ちゃんと世界で勝っている

ここがVR-4の重み。

三菱のWRCアーカイブによれば、1988年のデビュー年からアジア・パシフィックでは篠塚建次郎氏がマレーシア、オーストラリアなどで勝利し、初代APRC王者にもなりました。

さらにWRCワークス体制では、1989年にミカエル・エリクソンが1000湖ラリーで優勝、RACでもペンティ・アイリッカラが優勝。

以後も1990年アイボリーコースト、1991年スウェディッシュとアイボリーコースト、1992年アイボリーコーストと勝利を積み上げ、三菱公式ではギャランVR-4のWRC通算勝利数を6と明記しています。

つまりVR-4は後のランエボの踏み台なんかじゃない。それ単体で、もうWRC勝利車です。

しかし、強いままでも限界はあった

ここが長いランエボの歴史につながってきます。

ギャランVR-4は速かったし、実際に勝った。

でも三菱自身が後年の説明で、1993年のグループA規定変更によりホモロゲーション条件が緩和されると、より軽量・コンパクトなランサーをベースに次の主力マシンを作る決断をしたと示しています。

1992年にはすでにギャランVR-4の大規模開発をほぼ止め、参戦数も絞っていた。

つまりVR-4は弱かったから終わったのではない。強かったけど、もっと勝てる器が見つかったから役目を終えたんです。

これがエボ1への一番きれいな橋渡しになります。

「全部入り」のまま世界で通用した

ギャランVR-4の強みを一言で言えば、ハイテク高性能セダンの姿のまま、ちゃんと世界ラリーで勝てたことです。

4G63ターボ。フルタイム4WD。4WS。

そしてグループAで鍛えられた競技性能。

後のランエボは、ここからもっと軽く、もっと鋭く、もっとラリーに寄っていく。けれどVR-4はその前段階として、三菱の4WDターボが世界で勝てることを先に証明した。この証明があったから、ランエボは最初から本気で出せたわけです。

時代を感じさせるAMG仕様

実はこのクルマ、面白いモデルがあります。

ギャラン系には1989年に西ドイツAMG社と共同開発した「ギャランAMG仕様車」まで存在していたのです。

三菱の車史ページにもその記述があり、当時のギャランが単なる大衆セダンではなく、かなり強いスポーツイメージと技術イメージを背負っていたことがわかりますね。

VR-4はその頂点で、ギャランという車名そのものにただのファミリーセダンじゃない空気を持ち込んだモデルでもありました。

エボの前座では終わらない

ギャランVR-4は、ランサーエボリューションの前身ではあります。

でも前身という言葉だけだと少し弱い。実際には、三菱の4G63ターボ4WD路線を世界で通用する勝ち筋として成立させた本命です。

WRC6勝、APRC制覇、そしてそのノウハウを全部ランエボへ渡して退く。かなり役者として完成しています。

大柄なセダンなのに、やっていることは完全に戦うクルマでした。

まとめ

ギャランVR-4を一言でいえば、

ランエボに先立って、三菱の4G63ターボ4WDが世界で勝てることを証明した原点です。

ハイテク全部入りの高性能セダンとして生まれ、WRCで6勝を挙げ、そのまま次の主役であるランサーエボリューションへバトンを渡した。

だからVR-4は、エボの前史じゃない。

エボが成立する前に、すでに三菱が世界へ通用させていた本編の一つなのです。

ランサーエボリューションの系譜

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