エキシージという名前を聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは「エリーゼの屋根付き版でしょ?」という認識かもしれません。
まあ、間違ってはいません。
でも、それだけで片づけてしまうと、この車がなぜ生まれ、なぜこの形になり、なぜトヨタのエンジンを積むことになったのか、という話がまるごと抜け落ちます。
2004年に登場したエキシージS2は、ロータスが自社の未来を賭けて打った、かなり計算された一手でした。
初代エキシージが残した宿題
エキシージという車名が最初に世に出たのは2000年のことです。エリーゼ(S1)をベースに、ルーフを固定し、空力パーツを追加したサーキット志向のモデルでした。ローバー製のK型1.8リッター4気筒を積み、車重はわずか780kg前後。ロータスらしい「軽さこそ正義」を地で行く一台でした。
ただ、この初代S1エキシージには明確な限界がありました。基本的にはサーキットユースを前提とした車であり、公道走行への対応は最低限。生産台数も限られ、ビジネスとしてのスケールは小さかった。もっと言えば、心臓部のローバーK型エンジンには、ある重大な問題が迫っていました。
ローバーグループの経営は2000年代初頭に急速に悪化し、2005年にはMGローバーが経営破綻します。つまり、ロータスはエンジンの供給元を失う未来がほぼ確定していたのです。エリーゼS2で先行してローバーエンジンからの移行を進めていたロータスにとって、エキシージの次世代モデルもまた、この問題を正面から解決する必要がありました。
トヨタ製1ZZ-FEという選択
2004年に登場したエキシージS2が搭載したのは、トヨタの1ZZ-FE型1.8リッター直列4気筒です。カローラやセリカに載っていた、あのエンジンです。スペックだけ見れば、最高出力は約190ps。数字としては地味に映るかもしれません。
しかしここで重要なのは、なぜトヨタだったのかという背景です。ロータスは当時、プロトンの傘下にあり、独自にエンジンを開発・製造する体力はありません。ローバーの先行き不安を踏まえれば、安定した供給元が必要でした。トヨタのエンジンは世界中で実績があり、品質は折り紙付き。補修部品の入手性も段違いです。
ロータスにとってこの選択は、単なるエンジン換装ではありませんでした。サプライチェーンの安定化であり、市販車としての信頼性の担保であり、そして世界市場、とくに北米への展開を見据えた布石でもあったのです。実際、エリーゼS2のトヨタエンジン搭載モデルは北米市場への正規導入を実現しており、エキシージS2もその流れに乗る形でした。
1ZZ-FEはVVT-i(可変バルブタイミング機構)を備え、実用域のトルクが厚い。ロータスはこのエンジンに独自のチューニングを施し、専用のエキゾーストやECUセッティングを与えています。素性の良いエンジンを、軽い車体に載せて走らせる。ロータスが最も得意とする方程式そのものです。
公道仕様という意味の大きさ
エキシージS2を語るうえで外せないのが、「公道仕様として設計された最初のエキシージ」という点です。初代S1が基本的にトラックデイ志向だったのに対し、S2は最初から公道走行を前提とした装備と設計が盛り込まれています。
ヘッドライトの配置、ウインドスクリーンの形状、乗降性の改善、空調の追加。どれも地味な変更に見えますが、これらは「買って、ナンバーを付けて、日常的に使える」という商品としての幅を決定的に広げるものでした。サーキット専用マシンと市販スポーツカーでは、売れる数がまるで違います。
車体はエリーゼS2と共通のアルミ押出材によるバスタブシャシーを使い、そこにFRP製のルーフ一体型ボディを被せています。車重は公道仕様でも約900kg前後。現代の軽自動車より少し重い程度です。このシャシーはロータスが1990年代後半に開発した傑作で、軽量かつ高剛性。接着によるアルミフレームという構造は、当時としてはかなり先進的でした。
エリーゼとの違いは、固定式ルーフによるボディ剛性の向上と、リアに追加されたエアインテーク、そして大型のリアウイングです。とくにルーフの固定化は、オープンカーであるエリーゼに対して構造的な優位をもたらしました。ねじれ剛性が上がれば、サスペンションのセッティングがより正確に効く。つまり、屋根があることが走りの質に直結しているのです。
乗ると分かるロータスの本質
エキシージS2の走りについて語るとき、パワーの話から始めるのは少し違います。190ps前後という数字は、同時代のスポーツカーと比較すればむしろ控えめです。S2000は250ps、RX-8でも210ps以上ありました。
しかし、この車の本質は出力ではなくパワーウェイトレシオにあります。900kgに190psですから、1psあたり約4.7kg。これは当時のポルシェ・ボクスターSに匹敵する数値です。しかもミッドシップレイアウトで、重心が低く、車体が小さい。物理的に速くないわけがありません。
ロータスの車に共通する美点は、ステアリングから伝わる情報量の多さです。路面の状態、タイヤのグリップの変化、荷重の移動。すべてが手のひらを通じてドライバーに届く。エキシージS2はその美点をエリーゼ以上に研ぎ澄ませた車でした。固定ルーフによる剛性向上がそのまま操舵の正確さに変換されている、という実感があります。
一方で、快適性は期待しないほうがいい。エアコンはオプション、遮音材はほぼなし、荷室は実質ゼロ。シートに座ればエンジンの音と振動がダイレクトに伝わり、長距離を走れば確実に疲れます。これは弱点というより、設計思想の帰結です。快適性のために重量を増やすことを、ロータスは選ばなかった。その判断を受け入れられるかどうかが、この車との相性を決めます。
後のスーパーチャージャー化への布石
エキシージS2は2004年の登場後、2006年にはスーパーチャージャー付きの「エキシージS」へと進化します。トヨタ製2ZZ-GE型1.8リッターにイートン製スーパーチャージャーを組み合わせ、出力は220ps以上に跳ね上がりました。さらに後期にはV6エンジン搭載モデルも登場し、エキシージは「速いロータス」の代名詞になっていきます。
つまり、2004年のNA仕様のS2は、そうした拡張の土台を築いた最初の一歩だったということです。トヨタエンジンの採用によって信頼性と拡張性を確保し、公道仕様化によって市場を広げた。この二つの判断がなければ、エキシージがその後10年以上にわたってラインナップに残り続けることはなかったでしょう。
ロータスという会社は、常に経営的な綱渡りの中で車を作ってきました。潤沢な開発予算があるわけではなく、少量生産で利益を出さなければならない。そのなかでエキシージS2は、「サーキット向けの趣味車」を「買える市販スポーツカー」に変換するという、きわめて実務的な仕事をやり遂げたモデルです。
軽さの哲学が市販車になった瞬間
エキシージS2を一言で表すなら、「ロータスの哲学が初めて商品として完成したエキシージ」ということになります。初代S1がコンセプトの提示だったとすれば、S2はそれを現実の市場に着地させたモデルです。
トヨタのエンジンを積んだことを「らしくない」と感じる人もいるかもしれません。しかし、コーリン・チャップマンの時代からロータスは他社のエンジンを使い倒してきたメーカーです。フォード、ローバー、そしてトヨタ。エンジンは借り物でも、車としての味は自分たちで作る。それがロータスのやり方であり、エキシージS2はその伝統を正確に引き継いでいます。
900kgの車体に必要十分なパワーを載せ、ドライバーとの対話を最優先に設計する。その思想は、2004年も、チャップマンの時代も、本質的には変わっていません。
エキシージS2は、その思想が「公道で買える車」として初めて成立した、ロータスにとっての転換点だったのです。
エキシージの系譜


エキシージ – S2【トヨタの心臓を得て公道に降りたエリーゼの武闘派】
Lotus

この記事を書いた人
hodzilla51
クルマの系譜を追ってたら、いつの間にかサイトになっていました




