S2000は1998年のホンダ創立50周年を記念して企画され、1999年に発売されたFR・2シーター・オープンスポーツでした。
ホンダ自身も、S2000を「50周年を記念して生まれた新世代オープンスポーツ」と位置づけており、しかも1999年の年表では「FRの2シーターオープンスポーツ」として明記しています。
つまりS2000は、量販の流れの中で自然発生した車種ではなく、節目にホンダが自分たちのスポーツカー観を一気に注ぎ込んだ記念碑的モデルだったわけです。
ホンダらしくかなり偏っていた


S2000(AP1/AP2)の中古車ガイド【9000回転の代償を、あなたは受け入れられるか】
ホンダが専用設計で作り上げた唯一無二のFRオープン。エンジンの頑丈さは折り紙付きだが、幌・トランク雨漏り、ハブベアリング、クラッチ周り、足回りブラケットなど車種固有の弱点は多い。リフレッシュ費用込みで予算を組めるなら、弱点理解込みでかなり買
S2000の面白さは、最初からわかりやすく売れるスポーツカーを狙っていないところです。
軽い、前後重量配分に優れる、オープンである、しかもFR。ホンダはFFの名手という印象が強いのに、50周年記念車でわざわざこのレイアウトを選んできた。
さらに2024年のホンダ公式デザインインタビューでは、S2000について「シートとステアリングの中心を一直線上に置けた」と振り返られており、ドライバー中心のパッケージに相当こだわって仕上げてきています。
S2000は、便利さや分かりやすい速さではなく、ドライバーがクルマの中心に座る感覚そのものから作られていました。
VTECの名機、F20C


アコード ユーロR – CL1【セダンにタイプRの血を入れた異端児】
2000年登場のアコード ユーロR(CL1)は、H22A型VTECをセダンに搭載したホンダの意欲作。タイプRとは異なる文法で走りを追求した、系譜上の異端児を読み解きます。
S2000をS2000たらしめている最大の要素は、やはりF20Cです。
ホンダは1999年、この2.0L直列4気筒DOHC VTECを「自然吸気・量産2リッターとして125PS/Lという新基準」として発表しました。
9,000rpmまで許容する高回転型で、量産自然吸気エンジンとして当時世界トップ級の比出力を持っています。
ここがS2000の一番おかしいところで、普通ならオープンスポーツは気持ちよさ重視で少し穏やかにまとめるのに、ホンダはそこへ超高回転型のエンジンを積んできた。
つまりS2000は、オープンカーとしての快適車ではなく、高回転NAエンジンを中心に全体を組んだスポーツカーだったんです。
速さより「回す意味」が前に出ている


インテグラタイプR – DC5【洗練という選択が突きつけた問い】
DC2の後継として2001年に登場したDC5インテグラタイプR。より速く、より快適になった2代目は、しかし「タイプRとは何か」という問いを自ら背負うことになりました。
F20Cの魅力は、単に数字が高いことじゃありません。
高回転まできっちり回して初めておいしい領域が出てくるあの性格そのものが、S2000の性格と直結しています。低速トルクで楽をさせる方向ではなく、ドライバーがきちんと使って、回して、つないで気持ちよくなる方向です。
エンジンがクルマ全体の空気を決めている。だからS2000は、同時代の大排気量FRと比べて絶対的な余裕で勝負するクルマではなく、操る濃さで勝負するスポーツカーになった。
S2000自体は孤高のモデルですが、この設計思想はどこかで見たことがありますね…
シャシーもかなり本気仕様

シビックType R - EP3 【異端さを速さで黙らせたR】
2.0 ℓ化で「シビックType R」は次章へ https://kuruma-dna.com/ek9 2001年10月、シビック Type Rは2代目EP3へ進化。 生産拠点は英国スウィンドン、排気量は2.0 ℓへ拡大、 […
S2000がすごいのはエンジンだけじゃないです。
ホンダ公式の説明でも、S2000は高剛性オープンボディと洗練されたシャシーを備えた「purest expression of Honda fun-to-drive DNA」とされています。
さらに2000年には賛否はありますが可変ギアレシオステアリングのVGSまで導入されており、走りの質感や応答性をかなり真面目に詰めていたことはわかります。
S2000は「50周年記念だから特別なエンジン積みました」で終わるクルマじゃない。ドライバーの操作と車体応答を高い解像度でつなぐために、全部がちゃんと組まれていた、パッケージとして非常に優秀な一台なのです。
AP1は、S2000の原液だった

プレリュード – BB5/BB6/BB7/BB8【最後のプレリュードが背負った、デートカーの終焉】
5代目にして最終型となったプレリュードBB5〜BB8系。ATTS搭載の意欲作でありながら、時代の潮目に呑まれたスペシャルティクーペの意味を読み解きます。
初期のAP1は、まさにS2000の原液です。
2.0LのF20C、9,000rpm級の世界、シャープな応答、そしてどこか緊張感すらあるキャラクター。後年のAP2と比べると、より尖っていて、より「エンジンを使わせる」方向が強い。
創立50周年記念車として世に出た最初のS2000は、妥協なく高回転自然吸気スポーツの純度を突き詰めた一台だったと見ていいです。
要するにAP1は、S2000がなぜ今も特別視されるのかを、一番ストレートに語る仕様です。
S2000は、尖りっぱなしでは終わらなかった

BEAT – PP1【軽自動車にミッドシップを積んだ、ホンダの本気の遊び】
1991年登場のホンダ・ビート(PP1)。軽自動車枠にミッドシップレイアウトを持ち込んだ異端の一台は、なぜ生まれ、何を残したのか。開発背景と設計思想を読み解きます。
2005年モデルでは、北米向けに2.2LのF22C1を積む仕様が登場します。
ホンダ公式スペックでは、排気量は2,157ccへ拡大され、ストロークアップによって中速域の厚みが増しています。一方でレッドゾーンはやや下がります。
ここがすごくS2000らしくて、単純にマイルド化したのではなく、高回転の魂を残したまま、使える領域を少し現実側へ寄せたんです。
AP2はS2000を別物にした世代ではなく、孤高のスポーツカーを少しだけ熟成させた世代と見るのが自然です。
AP2の意味は、妥協ではなく“深く走れること”だった
AP2はAP1ほど神格化されてはいませんが、非常に大事なモデルです。
S2000はもともと純度が高すぎるクルマでした。そこへ2.2L化や細かな熟成を入れることで、ただ尖っただけの存在で終わらせず、より広い速度域と実用域でも気持ちよく走れるスポーツへ寄せていきました。
これは単に性格を薄めたわけではなく、S2000という素材をもっと深く味わえるようにした改良だったと考えます。
孤高ではあるけど、孤立はしていない。そこがAP2の良さです。
北米のCRで、ホンダは最後にもう一度本気を見せた
みなさんはS2000 CRという仕様をご存知でしょうか。
ホンダは北米にて2007年、S2000 CRをClub Racerの名の通り、より高いサーキット性能を狙った仕様として発表しました。
公式発表では、ボディ剛性の強化、約40kgの軽量化、専用サスペンション、専用フロントスポイラーとリアスポイラー、さらに電動ソフトトップの代わりに着脱式アルミハードトップまで与えられている。
これはもう、オープンスポーツの派生というより、S2000という素材を限界まで競技寄りに振った最終回答です。
ホンダが最後に「こいつはまだまだ本気で走れるぞ」と示したのがCRでした。
すべて「純度」に振り切れている

NSX – NA1 / NA2【ホンダが本気で作った「日常で乗れるスーパーカー」】
1990年登場のホンダNSX(NA1/NA2)は、スーパーカーに快適性と信頼性を持ち込んだ異端児。オールアルミボディとミッドシップV6で世界を驚かせた開発背景と、その功罪を読み解きます。
S2000の強みを一言で言えば、
スポーツカーとしての純度が異常に高いことです。
FR。2シーター。オープン。高回転NA。
ショートストロークの官能、回し切る快感。
そして何よりこれがホンダから出た。
この組み合わせがもう特殊すぎる。同時代を見渡しても、S2000みたいにホンダがFRの純血スポーツを本気で作るとこうなるをここまで鮮明に見せたクルマはありません。
だからS2000はスペック比較だけでは測りにくいのです。
クルマとして、何を気持ちよさの中心に置くかが、異様なまでにはっきりしているんです。
孤高のモデル「S2000」
S2000は一代限りのモデルとなっていますが、この理由は明確です。
ホンダの他のスポーツカー群とも少し文法が違うからです。
NSXみたいな技術の旗艦でもない。Type RみたいなFF最前線でもない。ビートみたいな軽スポーツの延長でもない。
S2000は、記念碑として生まれたFRオープンに、量産自然吸気高回転エンジンの異常な執念を載せたクルマでした。
しかも後継もほぼ現れなかった。だからS2000は名車の中でも、ホンダが一度だけきれいに置いていった特異点みたいな存在なんだと思います。
最後も、やっぱり孤高のままだった
2009年、ホンダは欧州向けにS2000 Ultimate Editionを発表し、S2000の生産終了を告げました。公式でもこれを「award winning sports car」の最終モデルと表現している。
つまりS2000は、何かへ受け継がれて薄まるのではなく、最後までS2000のままで終わった。これもまた、このクルマらしいです。
広げすぎず、媚びすぎず、最後まで独立したまま閉じた。だから今も、S2000だけはちょっと別の温度で語られ続ける。
まとめ
S2000を現実として、孤高のまま生まれ、孤高のまま終わったホンダの純血FRスポーツです。
便利さでも万能さでもなく、ドライバーが回して、操って、気持ちよくなることを中心に置いていました。
S2000は何かの系譜に則った車種ではありません。
しかし、その血統からは確かに、シビックやインテグラ、BeatからNSXまで、ホンダの思想の全てを感じ取ることができるのです。


S2000 - AP1/AP2 【20世紀のホンダが放った、一代限りの特異点】
Honda

この記事を書いた人
hodzilla51
クルマの系譜を追っていたら、いつの間にかサイトになっていました
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煽りだけで、クルマがわかるか。




