日産GT-Rとは
GT-Rは、勝つ理由がなくなるたびに姿を消してきたクルマです。
1969年のPGC10は、レースで勝つために作られました。積まれたS20型は、プリンス由来のレーシングエンジンGR8の系譜を引く直列6気筒DOHC。1.9L・160PSという数字より重要なのは、これが公道向けに設計された機構ではなかったことです。翌年のハードトップKPGC10まで含めて、ツーリングカーレースで積み上げた勝利は通算49勝と言われます。
1973年のKPGC110、いわゆるケンメリGT-Rは、その勢いを引き継ぐはずでした。ところが排出ガス規制とオイルショックが直撃し、レース参戦そのものが消えます。生産わずか197台。走る舞台がなくなった瞬間に、GT-Rという名前も消えました。
沈黙は16年続きます。復活は1989年のBNR32。グループAで勝つという明確な目的のもと、RB26DETT型2.6L直6ツインターボと、ATTESA E-TSという電子制御四駆が与えられました。結果は国内グループA全戦全勝。名前が戻ってきた理由も、やはり勝つためだったわけです。
1995年のBCNR33は、その戦績を実力として定着させた世代でした。車体は大きくなったものの、ニュルブルクリンクで8分を切るという分かりやすい指標で速さを示しています。1999年のBNR34では造形と電子制御を煮詰め、スカイラインGT-Rとしての完成形に到達しました。そして2002年、排出ガス規制を理由に再び生産を終えます。
2007年のR35は、名前の付き方から変わりました。スカイラインの名を外し、独立した車種としてのGT-Rになったのです。VR38DETT型V6ツインターボ、専用設計のトランスアクスル、そして毎年のように手を入れる異例の改良体制。ポルシェを名指しで意識したこのクルマは、18年にわたって作り続けられました。
PGC10からR35まで、6世代。GT-Rの歴史は、日産が「勝つ」という目的を持てたときにだけ現れる、その会社の本気の記録です。






