R35型GT-Rは、2007年12月に登場した新しい時代のGT-Rです。
日産自身も、2002年にR34型スカイラインGT-Rが生産終了して以来途絶えていた「GT-R」が、今度はスカイラインの冠を外したNISSAN GT-Rとして復活したと説明しています。
つまりR35の最大の意味は、単なる後継ではなく、GT-Rを一つの独立したブランドとして立ち上げ直したことにありました。
もう、スカイラインGT-Rではなかった
R35はR34の後継機ですが、R32, R33, R34たちと同じように見てはいけません。
R35は「次のスカイラインGT-R」ではなく、最初からGT-R単独で世界と戦うためのクルマなのです。
2009年の決算説明でも日産はGT-Rを自社の「sports car flagship」と表現しており、単なる高性能グレードではなく、ブランドの顔として扱っていたことがわかります。
R35は名前の時点で、もう役割が一段上へ移っていたわけです。
心臓部はVR38DETT

R35の象徴はもちろんVR38DETTです。
日産ヘリテージによる展示車両データでは、R35 GT-Rは3.8L V6ツインターボのVR38DETTを搭載し、展示車ベースで480ps・588N・mを発生していました。
直6 RB26ではなくV6へ移行した時点で、もう「昔ながらのGT-R像」を守る気はなかったとも言える。
でもそれは伝統を捨てたんじゃない。勝つためなら文法ごと更新するという、GT-Rのもっと根っこにある思想を押し通した結果でした。
レイアウトからして本気で変えてきた
R35がただの大排気量ハイパワー車で終わらなかったのは、車体構成そのものが特殊だったからです。
2016年のGT-R press kitでは、GT-Rが「premium midship package」に基づき、独立型のリア搭載6速デュアルクラッチ・トランスミッションを持つことが説明されています。エンジンを前に置きつつ、トランスミッションを後ろへ寄せるトランスアクスル的な構成で前後重量配分を最適化する。
R35の凄さは、単に馬力を増やしたことじゃなく、その馬力を超高速域で成立させるためにクルマ全体の骨格から組み替えたことにあります。
「誰でも速い」を本気でやったGT-R

R32〜R34のGT-Rも速かった。
でもR35はそこからさらに一段進んで、超高性能を一部のプロだけのものにせず、電子制御と車体設計で誰でも引き出しやすい速さへ寄せていったのです。
2016年press kitでも、ATTESA E-TSや洗練された車両制御、デュアルクラッチ後方トランスミッションなどが統合されたパッケージとして語られています。
R35は昔ながらの“手懐ける怪物”というより、怪物の性能を量産車として再現性高く使わせるGT-Rだったわけです。
開発思想の核には、「磨き続ける」姿勢があった
R35で面白いのは、一発の完成ではなく、毎年のように改良を重ねて育てられたことです。
2014年モデル発表時、日産はGT-Rを「constant refinement and improvement」の象徴として語り、走行性能だけでなく乗り心地、静粛性、質感まで継続的に進化させてきたと説明しています。
これはR35のかなり重要な特徴で、最初から完成品として君臨するのではなく、最前線のまま熟成し続けるという、新しいGT-R像を作ったんです。
2014年あたりでただの速いGT-Rを超え始める
2014年モデルの公式説明では、GT-Rは「great GT」の精神を持ちながらベンチマークのパフォーマンスを発揮する、とされています。ここがかなりR35的です。
昔のGT-Rがどちらかというと「速さのための戦闘車」寄りだったのに対し、R35は超高速性能に加えて、乗り味や質感まで含めたグランドツアラー的な深みを強めていきます。
つまりR35は、GT-Rをただのサーキット兵器ではなく、世界レベルのハイパフォーマンスGTへ押し広げた世代でもありました。
決定的にしたのが、NISMOだった

2013年に公開されたGT-R NISMOは、R35の思想をさらに先鋭化した存在です。
日産はこのモデルをGT-R史上もっともパワフルで、最も速い量産モデルとして打ち出し、600PS仕様のVR38DETT、専用空力、専用足まわりで「究極のGT-R」を形にしました。
さらに同時期の発表では、ニュルブルクリンク北コース量産車ラップ 7分08秒679 という記録も強く打ち出されています。
R35 NISMOは、R35が単に快適性や上質さへのみ振ったGT-Rではなく、本気を出せばやはり最前線の怪物であることを証明するモデルでした。
力技ではなく「総合戦闘力」
R35 GT-Rの強みを一言で言えば、
超高出力を、車体・駆動・空力・電子制御まで含めて一台の説得力に変えていたことです。
VR38DETTの圧倒的なパワー。後方トランスミッションを含む特殊レイアウト。高度な4WD制御。毎年のように続く熟成。
さらにNISMOまで用意される懐の深さ。
だからR35は「パワーがあるGT-R」では終わらなかった。いつ乗っても、どこで見ても、GT-RがGT-Rである理由を数字以上で感じさせるクルマになったんです。
モータースポーツでもすぐに結果を出した

R35は市販車としての衝撃だけでなく、競技の現場でもちゃんと存在感を見せました。
日産は2008年のSUPER GTでR35 GT-Rがデビューし、シリーズ全9戦中7勝を挙げ、XANAVI NISMO GT-Rがチャンピオンを獲得したとヘリテージで説明しています。
市販車は4WDでも、SUPER GTではFRに切り替えて戦ったという点も面白い。
つまりR35は、公道ではハイテク超性能GT-R、サーキットでは勝つために別の最適解を選ぶGT-Rでもあった。ここにも「勝つために文法を更新する」R35らしさが出ています。
だからこそ「RB26の後継」ではない
R35を語るとき、ついR34までの延長で見てしまう。
でも本質はそこじゃない。R35は、スカイラインGT-Rの最後の続きではなく、GT-Rを世界市場で単独成立させるための再発明でした。
しかもその再発明はうまくいっていて、日産は2025年にR35 GT-Rの最終車がラインオフした際、18年間で約48,000台が生産されたと公表しています。
つまりR35は一代で終わる突然変異じゃなく、GT-Rが単独ブランドとして成立することを証明した量産車でした。
なぜR35が特別なのか

R35が特別なのは、GT-Rの「何を守るか」を見誤らなかったからです。
直6を守らなかった。スカイラインの名も守らなかった。けれど、圧倒的な性能、最先端技術、そして勝つために伝統すら更新する態度は守った。
だからR35は旧来ファンから見れば異端に見えても、GT-Rという名前の本質から見ればむしろかなり正統です。
伝統の形ではなく、伝統の中身を守ったGT-Rだった。
まとめ
R35 GT-Rを一言でいえば、
GT-Rをスカイラインから解き放ち、世界の超性能ブランドへ押し上げた革新のGT-Rです。
新時代の象徴であるVR38DETT。
NISMOは究極。
SUPER GTの結果は実戦の証明。
R34までが「スカイラインGT-Rの完成」だとしたら、R35はその先で、GT-Rという名前そのものを再発明した世代です。
だからR35は、系譜の終点じゃない。
GT-R第二章の始点なのだと僕は信じています。
