チェロキー – KJ【XJの後継が背負った「モダン」という十字架】

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  • 8分で系譜を理解
チェロキー – KJ【XJの後継が背負った「モダン」という十字架】

「チェロキー」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、おそらく四角くて武骨なXJ型のほうでしょう。

1984年から2001年まで、基本設計を大きく変えずに売り続けられたあのモデルは、コンパクトSUVというジャンルそのものを作った存在でした。

では、その後を継いだKJ型とは何だったのか。

答えを先に言えば、「正しくアップデートしようとしたのに、正しさゆえに愛されにくかった車」です。

XJという巨大な影

KJ型チェロキーを語るには、まず先代XJの存在感を理解しておく必要があります。XJチェロキーは17年間という異例の長寿モデルでした。モノコックボディにストレート6を積み、フルタイム4WDを備えたコンパクトSUVとして、北米でも日本でも圧倒的な支持を得ていました。

しかし2001年、さすがに設計の古さは限界に達していました。衝突安全基準の強化、排ガス規制の厳格化、そして乗用車的な快適性を求める市場の変化。XJをそのまま延命させる選択肢は、もう残っていなかったのです。

ただ、後継車を作る側にとってこれは厄介な状況でした。XJは「古いからこそ良い」と愛されていた車です。モダンにすればするほど、XJファンからは「これじゃない」と言われるリスクがある。KJ型の開発は、最初からこのジレンマを抱えていました。

ダイムラー・クライスラーが描いた新設計

KJ型の開発が進んだのは、1998年のダイムラー・ベンツとクライスラーの合併直後の時期です。当時のクライスラー側には、ジープブランドを「もっとグローバルに、もっと洗練された方向へ持っていく」という意志がありました。KJ型はその方針を体現する最初の一台だったと言えます。

プラットフォームは完全新設計です。XJのようなストレート6ではなく、3.7L V6エンジンを新たに搭載しました。このパワーユニットはクライスラーの「パワーテック」系列で、210馬力前後を発生します。直6の滑らかさとは異なるキャラクターですが、出力と搭載性のバランスを考えた現実的な選択でした。

足回りも大きく変わりました。フロントにダブルウィッシュボーン、リアにマルチリンクという、SUVとしてはかなり乗用車寄りのサスペンション構成です。XJのリーフスプリングとは完全に決別し、オンロードでの乗り心地と操縦安定性を大幅に改善しています。

4WD システムには「セレクトラック」と呼ばれるパートタイム/フルタイム切り替え式を採用しました。2WD、フルタイム4WD、パートタイム4WD、4WD Lowの4モードを選べる仕組みで、日常使いからオフロードまでカバーする設計です。ジープとしての本分は、ここでしっかり守られていました。

北米では「リバティ」、世界では「チェロキー」

ここでややこしいのが車名の問題です。KJ型は北米市場では「ジープ・リバティ」として販売されました。「チェロキー」の名称は、ネイティブ・アメリカンの部族名を商品名に使うことへの配慮から、北米では一時的に使用を控えたのです。

一方、日本を含む北米以外の市場では従来どおり「チェロキー」の名前が継続されました。つまり同じ車が地域によって別の名前で売られていたわけです。この車名の分裂は、KJ型のアイデンティティをやや曖昧にした面があります。

日本市場には2001年末から導入が始まりました。当時の日本ではSUVブームがまだ続いており、ハリアーやCR-Vといった都市型SUVが台頭していた時期です。KJ型チェロキーは、そうした日本車の都市型SUVとガチのオフローダーの中間に位置する、やや独特なポジションでした。

モダンになった代償

KJ型の乗り味は、XJと比べると明らかに洗練されていました。高速道路での安定感、段差を越えたときの収まりの良さ、室内の静粛性。どれをとっても世代が違うことがはっきりわかります。

ボディサイズもXJとほぼ同等に収めながら、室内空間はやや拡大されました。全長約4,500mm、全幅約1,840mmというサイズ感は、日本の都市部でもギリギリ扱える範囲です。この「大きすぎない」というのは、グランドチェロキーとの棲み分けとしても重要なポイントでした。

ただ、ここからが難しいところです。XJチェロキーが持っていた「道具感」「無骨さ」「飾らなさ」は、KJ型では明らかに薄まりました。丸みを帯びたデザイン、整ったインテリア、静かになったエンジン音。どれも進化なのですが、XJに惚れ込んでいた層にとっては「ジープらしさが減った」と映ったのです。

これは設計の失敗というより、時代の要請と既存ファンの期待が真正面からぶつかった結果です。2000年代初頭のSUV市場は、快適性と安全性を求める方向に急速に動いていました。KJ型はその流れに正しく対応した車でしたが、「正しい」ことと「愛される」ことは必ずしも一致しません。

品質と信頼性という課題

KJ型にはもうひとつ、避けて通れない話題があります。信頼性です。ダイムラー・クライスラー時代のジープ全般に言えることですが、電装系のトラブルやオイル漏れ、ウィンドウレギュレーターの故障など、細かい不具合の報告が少なくありませんでした。

3.7L V6エンジン自体は頑丈な設計でしたが、補機類やセンサー周りの耐久性には課題がありました。これは当時のクライスラー全体のコスト管理の問題とも関係しており、KJ型だけの話ではありません。ただ、XJの「壊れても直しやすい」というシンプルさと比べると、KJ型の電子制御の多さは整備のハードルを上げた面があります。

2005年のマイナーチェンジでは内外装のリフレッシュとともに、こうした品質面の改善も図られました。後期型は初期型に比べて安定しているという評価が多く、中古で選ぶなら後期型を勧める声が今でも根強くあります。

KJ型が系譜に残したもの

KJ型チェロキーの生産は2007年に終了し、後継はKK型リバティ(北米外ではチェロキーの名称が途絶え、後にKL型で復活)に引き継がれました。KJ型は一代限りのプラットフォームとなり、直接的な後継設計には発展していません。

しかしKJ型が果たした役割は、単なる「つなぎ」ではありませんでした。XJという偉大な先代から、現代的なSUVへとジープのコンパクトモデルを移行させる橋渡し役です。乗用車的な快適性とジープとしてのオフロード性能を両立させようとした試みは、後のKL型チェロキー(2014年〜)にも確実に受け継がれています。

KJ型を「名車か」と問われれば、正直なところ即答は難しいです。XJのような伝説にはなりませんでしたし、KL型のような商業的成功も収めていません。ただ、「古典から現代へ」という最も難しい世代交代を引き受けた車であったことは間違いありません。

時代が求めた「モダン」を誠実に追い求め、その結果として先代の影に隠れがちになった。KJ型チェロキーとは、そういう車です。正しかったけれど、派手ではなかった。でもこの車がなければ、ジープのコンパクトSUVは次の時代に進めなかった。

系譜の中で、そういう存在こそが実は一番大事だったりするのです。

チェロキーの系譜

小鍛治康人(やすと)

 

チェロキー – KJ【XJの後継が背負った「モダン」という十字架】

ジープ

小鍛治康人(やすと)

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hodzilla51

クルマの系譜を追ってたら、いつの間にかサイトになっていました

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