2014年。
13代目となるV37型スカイラインが、日本で発売されました。
そのフロントグリルには、見慣れたNISSANのエンブレムがありませんでした。
代わりに置かれていたのは、海外で展開される日産の高級車ブランド、INFINITIのエンブレムです。
車名は「日産 スカイライン」。
それなのに、その顔には日産と書かれていない。
なぜ、こんなことが起きたのでしょうか。
そして2019年、スカイラインには再びNISSANのエンブレムが戻ります。
さらに現在、日産は次のスカイラインを「Heartbeatモデル」と呼び、明確に“日産らしさ”を背負わせようとしています。
一台のクルマのエンブレムを追っていくと、そこにはスカイラインだけではなく、日産という会社がこの25年間で自分たちをどう定義してきたのかまで映っているように見えます。
スカイラインが世界を向いたのは、V37からではない

スカイライン – V35【GT-Rを失い、世界基準を得た転換点】
インフィニティG35として世界市場を見据えて開発された9代目スカイライン。GT-Rを切り離し、直6を捨てたその決断は、スカイラインの存在意義そのものを問い直す大転換だった。
大きな転換点は、2001年のV35です。
それまでのスカイラインを知る人にとって、V35はかなり異質な存在でした。
RB系の直列6気筒はVQ系V6へ置き換えられ、車体も新世代のFMパッケージへ一新されました。
従来型の延長ではなく、「21世紀の理想のプレミアムスポーツセダン」として生まれ変わったのです。
そして、このV35は北米でINFINITI G35として販売されました。
G35は北米でMotorTrendの2003 Car of the Yearを獲得し、日産が狙った新しいプレミアムスポーツセダンは、日本の外でも評価されます。
つまりこの時点で、スカイラインはすでに日本だけを見て作るクルマではなくなっていました。
ただし、日本仕様の顔にはまだNISSANがありました。
世界商品にはなっても、日本ではまだ「日産のスカイライン」だったのです。
2014年、日産自身がNISSANを外した

2014年に国内発売されたV37は、海外ではINFINITI Q50、日本ではスカイラインとして販売されました。
ここまではV35以来の流れです。
しかし今回は、日本仕様のフロントグリルにまでINFINITIのエンブレムが置かれました。
日産は発表の場で、そのバッジに込めた意味をかなり率直に説明しています。
V37はINFINITIのフラッグシップとして開発され、輸入プレミアムセダンと競える世界基準のクルマになった。その約束を日本の顧客にも伝えるために、INFINITIのエンブレムを掲げたという趣旨でした。
つまり、日産のマークは誰かに奪われたわけではありません。
日産自身が外したのです。
「スカイライン」より、世界で通用するプレミアムカー

スカイライン – V37【スカイラインが名前を捨てかけた世代】
ハイブリッド搭載、インフィニティバッジ、ダイムラー製エンジン。V37スカイラインは「スカイラインとは何か」を問い直さざるを得なかった、最も複雑な世代です。
INFINITIはルノーのブランドではありません。
1985年、日産は米国向け高級車ブランドを作るための専任チームを立ち上げ、1989年にINFINITIを開業しました。
だから、V37のINFINITIエンブレムを「ルノーに変えられた日産」の象徴と考えるのは違います。
むしろ面白いのは、日産自身がスカイラインをどう見せたかったのかです。
開発陣はスカイラインの伝統と、INFINITIのプレミアムスポーツセダンとしての価値を両立させようとしていました。
それでも最終的に、グリル中央にはNISSANではなくINFINITIを置きました。
当時の日産にとって、「これは日本の日産を代表するクルマです」と見せることより、「これは世界のプレミアムセダンと戦えるクルマです」と見せることの方が重要だった。
そう読むことができます。
同じ頃、日産という会社も世界へ向かっていた
1999年、経営危機にあった日産はルノーと資本提携を結びました。
ルノーは日産株の36.8%を取得し、カルロス・ゴーンが日産へ入ります。
日産リバイバルプランによる再建を経て、両社の関係は救済から世界規模のアライアンスへ変わりました。
開発、購買、生産、パワートレイン、販売網。互いの資源を使い、一社では得られない規模を手に入れようとしたのです。
その変化がよく表れたクルマのひとつが、ルノーとプラットフォームを共用した3代目マーチ K12でした。
一方、フェアレディZ Z33は再建後の日産が復活を世界へ印象づけ、R35 GT-Rはスカイラインから独立したグローバルブランドへ進みます。
2011年に始まった中期経営計画「日産パワー88」でも、新興国とINFINITIを含む世界展開が成長の柱に置かれました。
会社ではRenault-Nissan Allianceを活用し、商品ではNissanとINFINITIを使い分ける。
この時代の日産は、「日本の日産」という枠を越えることそのものを競争力にしようとしていました。
V37のINFINITIエンブレムとルノーとの資本関係に、直接の因果があったわけではありません。
ただ、そこには日本だけで完結しない会社になろうとする、同じ時代の方向がありました。
それでも、スカイラインという名前は日本に残った
海外ではQ50、日本ではスカイライン。
世界戦略のために作られたプレミアムセダンと、日本の日産を象徴してきた車名が、一台の中に同居していました。
スカイラインという名前には、あまりにも多くの日産が詰まっています。
プリンス時代から始まり、ハコスカ C10、ケンメリを経て、R32スカイラインやGT-Rへと続いていきました。
「技術の日産」という言葉と結びつけて記憶している人も多いでしょう。
そうした歴史を持つ車名が、グローバルプレミアムブランドの顔を付けて走っていた。
V37前期の独特さは、デザイン以上にここにあったのかもしれません。
スカイラインなのに、日産のマークがない。
一台のクルマの中に、日本の日産とグローバルNissanの両方が存在していたようにも見えます。
2019年、NISSANが帰ってきた

2018年11月、ゴーンが逮捕されます。
その後、日産では権限集中やガバナンス、ルノーとの関係をめぐる議論が表面化しました。
2019年6月の株主総会で、西川廣人CEOは「元会長時代に終止符を打ち、新たな時代へと歩を進めてまいりました」と説明しています。
そして同年、V37スカイラインにも大幅改良が入りました。
400馬力級の400RとProPILOT 2.0が登場し、フロントグリルには再びNISSANのエンブレムが置かれます。
もちろん、経営体制の変化がエンブレム復帰を直接決めたと示す公式資料はありません。
この二つを単純な原因と結果で結ぶべきではないでしょう。
それでも、会社が「新たな時代」を掲げた年に、スカイラインもまたINFINITIの顔を外し、日産の顔へ戻った。
その重なりは、このクルマを語るうえで無視できないものです。
エンブレムの代わりに、日産の技術を掲げた

スカイライン – RV37【ハンズオフが変えた、GTの定義】
プロパイロット2.0を世界初搭載した13代目スカイライン。先進運転支援とスポーツセダンの両立を目指したRV37は、スカイラインの存在意義そのものを問い直す一台でした。
2014年と2019年では、日産がスカイラインに背負わせたものが少し違います。
2014年には、「世界基準のプレミアムカーであること」をINFINITIで表現しました。
2019年には、日産自身の最新技術を見せるクルマとしてProPILOT 2.0を載せ、NISSANを掲げます。
ProPILOT 2.0は、ナビゲーションと連動した高速道路の複数車線走行支援と、一定条件下で同一車線をハンズオフで走れる機能を組み合わせた、当時の日産を象徴する運転支援技術でした。
日産はその市場投入第1号に、日本専用車となっていたスカイラインを選びました。
世界ブランドのバッジで価値を説明するのではなく、日産が作った技術そのものでスカイラインの先進性を示す。
NISSANの復帰は、単なるエンブレム交換だけでは終わらなかったのです。
次のスカイラインは「日産らしさ」を背負う

現在、日産は商品ラインアップをHeartbeat、Core、Growth、Partnerという4つの役割に分けています。
ローグやエクストレイル、ノートのように事業を支えるクルマはCoreに置かれ、協業を活用して市場をカバーするクルマはPartnerに分類されます。
そして、ブランドの感情や歴史、日産のDNAを担うクルマがHeartbeatです。
そこにはZやパトロール、リーフと並んで、次のスカイラインも含まれています。
日産は次期スカイラインについて、日本の高度なエンジニアリングと走行性能を象徴し、強い感情を喚起するモデルだと説明しています。
これはV37登場時と比べると、かなり面白い変化です。
2014年には、国際基準のプレミアムスポーツセダンであることを表現するため、INFINITIを掲げました。
今度は最初から、「これは日産とは何かを表すクルマだ」と役割を定めています。
スカイラインのエンブレムは、日産という会社を映していた
INFINITIを付けたV37も、もちろん日産車です。
スカイラインの歴史を捨てたクルマでもありません。
だからこれは、「INFINITI時代は間違いだった」という話ではありません。
見るべきなのは、その時々の日産がスカイラインに何を背負わせようとしたのかです。
V35では世界へ出ました。
V37では、INFINITIという世界ブランドを顔に掲げました。
2019年にはNISSANへ戻り、日産自身の最新技術を背負います。
そして次は、最初から「日産らしさ」を体現するクルマとして作られます。
クルマのDNAは、エンジン形式や駆動方式だけで決まるものではありません。
その会社が何を世界と共有し、どこから先を自分たちで守り、一台のクルマに何を背負わせるのか。
その意思決定もまた、クルマのDNAを作っています。
2014年、スカイラインから日産のマークが消えました。
それは、日産自身が世界へ向かうために選んだエンブレムでした。
そして現在、日産は次のスカイラインに、もう一度「日産らしさ」を託そうとしています。
もし、そのグリル中央にNISSANの文字が置かれるなら。
今度のそれは、ただの日産エンブレムではありません。
25年間、世界の中で自分たちの立ち位置を探し続けた日産が、もう一度「これは自分たちのクルマだ」と言うためのエンブレムになるのかもしれません。
この記事の要点
- 2001年のV35から、スカイラインはINFINITI G35と車体を共有する世界商品になった
- 2014年のV37は、世界基準のプレミアムセダンであることを示すため、日本仕様にもINFINITIエンブレムを採用した
- 2019年の大幅改良でNISSANエンブレムが復帰し、ProPILOT 2.0の市場投入第1号となった
- 次期スカイラインは、日産のDNAと感情価値を担う「Heartbeatモデル」に位置づけられている
参考


スカイラインから日産のマークが消えた日
Nissan

この記事を書いた人
hodzilla51
クルマの系譜を追っていたら、いつの間にかサイトになっていました




