AMGというブランドが、今のように「メルセデスのカタログに最初から載っている存在」になったのは、いつからだったか。その答えのひとつが、このクルマです。W210型E 55 AMG。1997年に登場したこのモデルは、AMGが正式にダイムラー・ベンツの子会社となり、アフィンゲンの工場で正規の製造ラインに組み込まれた最初期のAMGモデルでした。
速いEクラス、というだけなら以前にもありました。ただ、このクルマの本質は「速さ」よりも「体制の変化」にあります。AMGが趣味のチューナーから、メルセデスという巨大メーカーの一部門になった。そのことが何を意味し、何を変えたのか。E 55 AMGはそれを体現した一台です。
AMGが「社外」でなくなった時代

E 50 AMG – W210【AMGが正規メニューに載った最初のEクラス】
W210型Eクラスに設定されたE 50 AMGは、AMGがメルセデスの正規カタログモデルとして初めてEクラスに組み込まれた一台。チューナーからメーカー直系へと変わるAMGの転換点を読み解きます。
1990年代半ばまで、AMGは基本的に「外注のスペシャリスト」でした。メルセデスと深い協力関係にはあったものの、あくまで独立した会社がクルマを受け取り、エンジンやサスペンションに手を入れて送り出すという構造です。ユーザーから見れば「メルセデスのディーラーで買えるけど、メルセデスが作ったわけではない」という微妙な立ち位置でした。
転機は1993年。ダイムラー・ベンツがAMGとの間に正式な協業契約を結び、その後1999年にはAMGの株式過半数を取得して子会社化します。W210型E 55 AMGが世に出た1997年は、まさにこの移行期のど真ん中にあたります。
つまりE 55 AMGは、AMGが「外の職人集団」から「メルセデスの中のパフォーマンス部門」へと変わっていく過程で生まれた、最初の本格的な量産モデルのひとつなのです。C 36 AMG(W202)が1993年に先行していますが、E 55 AMGはより大きな車格で、より明確に「メルセデスが責任を持つAMG」を打ち出した存在でした。
5.4リッターV8という回答

E 36 AMG – W124系【正規カタログに載った最初のAMG】
W124型Eクラスに設定されたE 36 AMGは、AMGがメルセデスの正規カタログモデルとして初めて世に出た歴史的な一台。チューナーからメーカー直系へと変わる転換点を読み解きます。
心臓部に収まるのは、M113型5.4リッターV8。自然吸気のSOHC 3バルブという、いかにもメルセデスらしい設計のエンジンです。最高出力は354ps、最大トルクは530Nm。数字だけ見ると現代の基準ではおとなしく見えるかもしれませんが、1990年代後半のEクラスセダンに積まれるエンジンとしては、明確に「過剰」でした。
ポイントは、このエンジンが持つトルクの出方です。AMGはこのM113型をベースに排気量を拡大し、吸排気系を見直すことで、低回転域から分厚いトルクを発生させました。ターボで一気にパワーを稼ぐのではなく、大排気量NAの余裕で押し切る。2トン近い車体を0-100km/h加速5.7秒で走らせるその力は、回転を上げて絞り出すというより、アクセルを踏んだ瞬間から湧き上がるものでした。
組み合わされるトランスミッションは5速AT。当時のAMGモデルはまだマニュアルの選択肢がなく、ATのみという割り切りがされています。これは「サーキットを攻める道具」ではなく、「日常のあらゆる場面で圧倒的に速いセダン」という商品企画の表れでもありました。
見た目は控えめ、中身は別物

E 55 AMG – W211/S211【スーパーチャージドV8が静かに牙を剥いた最速Eクラス】
W211世代のE 55 AMGは、スーパーチャージャー付き5.4L V8を搭載し476馬力を発揮。エアサスとの組み合わせで快適性と暴力的な加速を両立した、AMGの過渡期を象徴する一台です。
W210型のデザインは、メルセデスの歴史の中でもやや異色です。丸目四灯のヘッドライトを採用し、先代W124の直線的な造形からかなり柔らかい方向に振られました。好みが分かれるデザインではありましたが、E 55 AMGはその中でも控えめな外観が特徴的でした。
専用の前後バンパー、サイドスカート、18インチのAMGホイール。変更点はたしかにあります。ただ、後年のAMGモデルのように巨大なエアインテークやワイドフェンダーで存在を主張するタイプではありません。知っている人が見れば分かる、という程度の差異です。
この「控えめさ」は、当時のAMGの立ち位置をよく表しています。まだAMGは「知る人ぞ知る」存在であり、乗り手もそれを理解した上で選んでいました。派手に見せる必要がなかった、というよりも、派手に見せる文化がまだAMGには根付いていなかったのです。
足回りはAMGが専用にセッティングしたスポーツサスペンションに、強化されたブレーキシステム。車高はノーマルのEクラスより下げられ、ロール剛性も高められています。ただし乗り心地を犠牲にしすぎない範囲での調整であり、あくまでEクラスとしての快適性を保つことが前提にありました。
ワゴンという選択肢があった意味

E 63 AMG – W211/S211【AMGが量産ラインに本気で踏み込んだ転換点】
W211型E 63 AMGは、AMGが初めてメルセデスの量産ラインに自然吸気6.2L V8を載せた記念碑的モデル。チューナーから本流への転換を象徴する一台を読み解きます。
E 55 AMGには、セダン(W210)だけでなくステーションワゴン(S210)も用意されていました。これは見落とされがちですが、AMGの商品戦略を考える上で重要なポイントです。
ワゴンにハイパフォーマンスエンジンを積むという発想は、当時まだ珍しいものでした。BMWのM5(E39)にはツーリングの設定がありましたが、それも後から追加されたもので、最初からセダンとワゴンを同時展開するAMGのアプローチは、ある種の割り切りの良さがあります。
要するに、AMGは「速さ=スポーツカー的であること」とは考えていなかった。日常の道具であるワゴンが圧倒的に速い、という価値観を最初から提示していたわけです。この思想は、後のE 63 AMGワゴンやC 63 AMGワゴンにも脈々と受け継がれていきます。
W210という車体の限界と評価

E 63 AMG – W212 / S212【自然吸気の到達点と、ツインターボへの転換】
W212型E 63 AMGは、6.2L自然吸気V8の完成形として登場し、後期では5.5Lツインターボへ劇的に転換。AMGの設計思想が大きく変わった分水嶺を一台の中に抱えた、極めて特異なモデルです。
正直に言えば、W210型Eクラスはメルセデスの歴史の中で品質面の評価がやや厳しい世代です。先代のW124が「最後の過剰品質メルセデス」と呼ばれるほどの堅牢さで知られていたのに対し、W210はコストダウンの影響が指摘されることが少なくありませんでした。
特に防錆処理の問題は有名で、欧州を中心にサビの発生が報告されています。内装の樹脂パーツの質感についても、W124からの乗り換え組には物足りなさがあったようです。メルセデス自身もこの世代の品質問題は認識しており、後継のW211ではかなりの改善が図られました。
E 55 AMGもこの車体をベースにしている以上、同じ課題を抱えていたのは事実です。ただ、AMGの手が入った部分、つまりエンジン、足回り、ブレーキといったパフォーマンス領域の仕上がりは高く、「走り」に関する不満はほとんど聞かれません。むしろ、ベース車両の弱点をAMGの走りの魅力が補って余りある、という評価が一般的でした。
次の世代への布石

300 E 5.6 AMG "Hammer" – W124【セダンが超えてはいけない線を超えた怪物】
1986年、AMGがW124に5.6リッターV8を押し込んで生まれた「ハンマー」。メルセデス公認以前のAMGが放った、世界最速セダンという暴挙の背景と意味を読み解きます。
W210型E 55 AMGの後を継いだのは、W211型のE 55 AMG(2003年〜)です。こちらはM113型エンジンにスーパーチャージャーを組み合わせたM113K型を搭載し、出力は一気に476psまで跳ね上がりました。性格はまるで別物です。
W210型が自然吸気の大排気量で「余裕のある速さ」を提供していたのに対し、W211型は過給によって「暴力的な速さ」へと舵を切りました。この変化は、AMGがメルセデスの完全子会社となり、より明確にブランドの頂点として位置づけられるようになった結果でもあります。
振り返ってみると、W210型E 55 AMGは「AMGが量産メーカーの一部になる」という大きな変化の中で、まだ職人的な匂いを残していた最後の世代に近い存在です。エンジンは一人の職人が組み上げる「One Man, One Engine」の哲学がすでに適用されていましたが、クルマ全体としてはまだ過渡期の空気をまとっていました。
派手さはない。現代のAMGのような電子制御の塊でもない。ただ、大きなエンジンと確かな足回りと、それを日常の中で使い切れるセダンとワゴンの形。E 55 AMG W210は、AMGが「何者になろうとしていたか」を、最も素朴な形で見せてくれた一台だったと思います。
E63Sの系譜


E 55 AMG – W210/S210【工場生産になった最初の本気】
E63S

この記事を書いた人
hodzilla51
クルマの系譜を追っていたら、いつの間にかサイトになっていました
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