Bセグメントのコンパクトカーに、3.0リッターV6をリアミッドシップで積む。文字にするだけで正気を疑われる企画ですが、ルノーはこれを本当にやりました。しかも1回ではなく、2世代にわたって。クリオ ルノー・スポールV6(クリオV6)は、ホットハッチの延長線上にあるようで、実はまったく別の場所に立っていた車です。
FFハッチの皮を被ったミッドシップという異常値
クリオ ルノー・スポールV6の話をするとき、まず前提として押さえておきたいのは、これはクリオの派生モデルではないということです。見た目はクリオですが、中身はまるで別物です。
通常のクリオはFFのBセグメントハッチバック。後席があり、荷室があり、日常の足として使われる車です。
ところが何を思ったかV6は後席を取り払い、そこにV6エンジンを横置きミッドシップで搭載しています。駆動方式もMR。つまりシャシー構造、重量配分、冷却系、サスペンションジオメトリ、すべてが専用設計です。
外から見ればワイドフェンダーのクリオに見えますが、構造的にはむしろアルピーヌA610やルノー・スポール・スピダーに近い発想の車です。量産コンパクトカーのボディラインを使いながら、中身は完全にスペシャルカー。
この矛盾こそが、この車の最大の個性であり、最大の論点でもあります。
TWRとルノー・スポールが組んだ初代フェーズ1
初代にあたるフェーズ1は、2001年に登場しました。ベースとなったのはクリオIIで、型式はBL7X。開発と生産を担ったのは、イギリスのTWR(トム・ウォーキンショー・レーシング)です。
TWRといえば、ジャガーのル・マン制覇を支えたレーシングコンストラクターであり、少量生産のスペシャルモデルを仕立てるノウハウを持つ会社です。ルノーがTWRに委託した理由は明快で、量産ラインでは作れない車だったからです。後席を潰してエンジンを積み、ボディを大幅にワイド化し、冷却系を再設計する。これは通常の工場ラインに乗せられる作業ではありません。
搭載されたエンジンは、ルノー・ラグナなどに使われていた3.0リッターV6(L7X型)で、最高出力は230馬力。数字だけ見れば飛び抜けて高いわけではありませんが、車重約1,400kgの小さなボディに積まれることで、パワーウェイトレシオは十分に刺激的でした。
ただし、フェーズ1は「荒削り」という評価がつきまとう車でもありました。ミッドシップ化に伴う重量バランスの難しさ、短いホイールベースに対するパワーの大きさ、そして限界域でのリアの挙動。
要するに、速いけれど扱いにくい車だったのです。
自動車メディアの多くが「面白いが怖い」と書いたのは、決して大げさではありません。
自社生産に切り替えたフェーズ2の成熟
2003年、TWRが経営破綻します。ルノーはV6プロジェクトを終わらせることもできましたが、そうしませんでした。生産をフランス・ディエップのアルピーヌ工場に移管し、ルノー・スポール自身の手でフェーズ2を仕立て直したのです。型式はBH7X。
フェーズ2では、フェーズ1で指摘された弱点が丁寧に潰されています。エンジン出力は255馬力に引き上げられましたが、それ以上に大きかったのはシャシー側の改良です。サスペンションジオメトリの見直し、スプリングレートの最適化、ダンパーセッティングの変更。速さを上げるのではなく、扱いやすさを引き上げる方向に振ったのがポイントです。
ホイールベースやトレッドにも手が入り、直進安定性と限界域の挙動予測性が大きく改善されました。フェーズ1が「才能はあるが信用しきれない」車だとすれば、フェーズ2は「才能を制御できるようになった」車です。
インテリアの質感も向上し、レカロ製シートの採用やトリムの変更によって、スペシャルカーとしての仕立てが一段上がりました。
生産がアルピーヌ工場に移ったことで、少量生産ながらも品質管理の精度が上がったことも見逃せません。
なぜルノーはこんな車を作ったのか
そもそも、なぜルノーはBセグメントハッチにV6ミッドシップを積もうと思ったのか。ここが最も面白い論点です。
背景にあるのは、1990年代後半のルノー・スポールの戦略です。当時のルノーはF1でエンジンサプライヤーとして圧倒的な成功を収めていました。ウィリアムズやベネトンとの組み合わせでチャンピオンシップを獲得し、「ルノー=高性能エンジン」というイメージが確立されつつあった時期です。
しかし市販車のラインナップを見ると、スポーツイメージを体現する旗艦が不在でした。
クリオ・ウィリアムズやメガーヌRSは優れたホットハッチでしたが、あくまでFF。
ルノー・スポール・スピダーは存在しましたが、あまりに少量で認知度が限られていました。
つまり、F1で築いたブランドイメージを市販車で回収する装置が必要だったのです。そしてその装置は、単なる高出力FFではなく、構造そのものが特別である必要がありました。ミッドシップV6という選択は、マーケティング的にも技術的にも、ルノー・スポールの本気を見せるための最短距離だったわけです。
もうひとつ見落とせないのは、ルノーがかつてアルピーヌA110やA310で培ったミッドシップ(あるいはリアエンジン)の文化を持つメーカーだということです。FFの量産メーカーでありながら、ミッドシップへの土地勘がある。
クリオV6は突然変異のように見えて、実はルノーの歴史の中にちゃんと文脈があります。
ホットハッチとスーパーカーの間に立つ存在
クリオV6をどのカテゴリに入れるかは、実は結構難しい問題です。ホットハッチかと言われれば、ミッドシップMRなのでハッチバックの文法ではありません。スーパーカーかと言われれば、出自はBセグメントの量産車です。
結局のところ、この車は「どこにも属さない」こと自体が存在意義だったのだと思います。ポルシェやフェラーリと張り合う車ではないし、シビックタイプRやゴルフGTIと同じ土俵にも立っていない。ルノー・スポールが「自分たちにしかできないこと」を形にした結果が、このカテゴリ不在の一台でした。
生産台数はフェーズ1とフェーズ2を合わせても数千台規模。当然ながら大きな利益を生む車ではなかったはずです。しかし、この車がルノー・スポールのブランドに与えた影響は、台数以上に大きかったと言えます。
「あのメーカーはこういうことをやる」という記憶は、後のメガーヌRSシリーズの評価にも確実に効いています。
系譜の中の特異点として
クリオ ルノー・スポールV6には、直接の後継車が存在しません。クリオIIIの世代ではこの企画は継続されず、ルノー・スポールのフラッグシップはメガーヌRSへと移行していきます。ミッドシップの血脈は、ずっと後のアルピーヌA110復活まで途絶えることになります。
だからこそ、この車は系譜の中で特異点として際立ちます。前にも後にも同じ発想の車がない。量産コンパクトカーのガワを使ってミッドシップスポーツを仕立てるという企画は、自動車史全体を見渡しても極めて稀です。
冷静に考えれば、効率の悪い車です。開発コストに対して販売台数は少なく、生産工程は複雑で、実用性はほぼゼロ。
でも、こういう車を本気で作って、しかも改良版まで出すメーカーがあったという事実は、それ自体がひとつの価値です。
クリオ ルノー・スポールV6は、合理性の外側にある情熱と、それを製品として成立させる技術力の両方がなければ生まれなかった車です。
そしてその両方を持っていたからこそ、ルノー・スポールはルノー・スポールたり得たのだと思います。




