ランドクルーザー – BJ60/FJ60/FJ62【「働くクルマ」が高級車になった転換点】

  • hodzilla51
  • 9分で系譜を理解
ランドクルーザー – BJ60/FJ60/FJ62【「働くクルマ」が高級車になった転換点】

ランドクルーザーが「高級車」として語られるようになったのは、いつからでしょうか。100系? 80系? いや、その萌芽はもっと前にあります。

1980年に登場した60系こそが、ランクルの性格を根本から書き換えた最初の一台です。

それまでのランドクルーザーは、端的に言えば「道なき道を走るための道具」でした。40系は世界中の僻地で酷使され、壊れにくさと走破性で圧倒的な信頼を築いていた。けれど、乗り心地や快適性は二の次。それが当たり前の時代でした。

60系は、その前提をひっくり返しにかかったモデルです。角型ヘッドライト、エアコン、パワーウィンドウ、オートマチックトランスミッション。並べるとただの装備リストですが、当時の四輪駆動車にこれらが載ること自体が事件でした。

40系の限界と、変わりゆく市場

60系を理解するには、まず先代にあたる55系と、ランクルの屋台骨だった40系の関係を押さえておく必要があります。40系は1960年から20年以上にわたって生産された、ランクル史上最も長寿なモデルです。世界中の軍や政府機関、鉱山、農場で使われ、「どこでも走れて、壊れない」という評判を確立しました。

一方で、1967年に登場した55系は、40系のシャシーをベースにしながらワゴンボディを架装し、ファミリーユースへの橋渡しを試みたモデルでした。ただし、55系はあくまで40系の延長線上にあり、快適性はまだ限定的だった。乗用車として見ると、正直なところ粗削りな部分が残っていました。

1970年代後半、四駆を取り巻く市場は大きく動き始めます。アメリカではレクリエーション用途の四輪駆動車が急速に人気を集め、シボレー・ブレイザーやフォード・ブロンコといったモデルが「週末の遊び道具」として売れていた。日本国内でも、RVブームの萌芽がありました。

つまり、四駆に求められるものが変わり始めていたのです。「過酷な現場で生き残る道具」だけでなく、「日常でも快適に使える乗り物」としての四駆。トヨタがその流れに応えようとした結果が、60系でした。

設計思想の転換──道具から乗り物へ

60系の開発で最も大きかったのは、「誰が乗るのか」という問いの再定義です。40系の顧客はプロフェッショナルでした。整備士がいる環境で使われ、乗り心地よりも耐久性が絶対だった。60系が想定したのは、それとはまったく違う層です。

家族を乗せて長距離を走る人。舗装路を主に走りながら、週末にはダートにも入りたい人。そういうユーザーに向けて、60系は設計されました。

外観の変化は象徴的です。40系や55系の丸型ヘッドライトから、角型ヘッドライトへ。これは単なるデザインの流行ではなく、「このクルマは乗用車と同じ文脈で見てほしい」というメッセージでした。ボディラインも直線基調に整理され、都市部の駐車場に停まっていても違和感のない佇まいになっています。

室内の変化はさらに劇的でした。エアコン、AM/FMラジオ、パワーステアリング、そしてオプションながらパワーウィンドウ。今の感覚では当たり前の装備ですが、1980年の四駆にこれらが揃っていたのは、かなり先進的だったと言えます。

シートの座り心地も改善され、ダッシュボードのデザインも乗用車に近づきました。要するに60系は、「四駆に乗ること=我慢すること」という等式を崩しにかかったモデルだったのです。

パワートレインの選択肢と、それぞれの性格

60系を語るうえで外せないのが、型式の多さです。BJ60、HJ60、FJ60、FJ62──これらは搭載エンジンの違いで分かれています。そしてこの選択肢の幅が、60系の市場戦略そのものを映し出しています。

BJ60は3.4リッター直列4気筒ディーゼル(3B型)を搭載。後にHJ60では4.0リッター直列6気筒ディーゼル(2H型、後に12H-T型ターボ)へと発展しました。ディーゼルモデルは燃費と低速トルクに優れ、海外市場、特にオーストラリアや中東で強い支持を得ます。

一方、FJ60は4.2リッター直列6気筒ガソリンエンジン(2F型)を搭載し、北米市場を主戦場としました。そして1988年に登場したFJ62では、エンジンが電子制御燃料噴射の3F-E型に換装され、4速ATが組み合わされます。

このFJ62の存在が、60系の性格を決定的にしました。オートマで乗れるランドクルーザー。これは当時としては画期的なことです。マニュアルトランスミッションを操る技術がなくても、ランクルの走破性を享受できる。ユーザー層を一気に広げる選択でした。

ただし、AT化にはトレードオフもありました。マニュアル車に比べて燃費は落ち、エンジンブレーキの効きも変わる。オフロードの急勾配では、MTの方が細かい制御が効くという声も根強かった。快適性と走破性のバランスをどこに置くか──60系はその問いに最初に向き合ったランクルだったとも言えます。

世界市場での評価と、ランクルの「格」の変化

60系が最も大きなインパクトを与えたのは、北米市場でしょう。1980年代のアメリカでは、四輪駆動車の高級化が急速に進んでいました。レンジローバーが「高級SUV」という概念を提示し、ジープ・グランドワゴニアがウッドパネル外装で富裕層に訴求していた時代です。

60系ランドクルーザーは、そうした流れの中に自然と入り込みました。トヨタの四駆としての信頼性に、乗用車的な快適性が加わったことで、「高くても買う価値がある四駆」というポジションを獲得したのです。

価格も上昇しました。55系まではあくまで実用車としての価格帯に収まっていましたが、60系、特に後期のFJ62は装備の充実とともに価格が引き上げられ、トヨタのラインナップの中でも上位に位置するようになります。ランクルが「高い車」になり始めたのは、まさにこの時期です。

国内でも、60系は従来のランクルユーザーとは異なる層を取り込みました。それまでランクルに縁がなかった都市部のユーザーが、60系をきっかけに四駆の世界に入ってきた。1980年代後半のRVブームの下地を作った一台と言っても過言ではありません。

弱点と、時代の制約

もちろん、60系にも限界はありました。プラットフォームはラダーフレームで、サスペンションは前後リジッドアクスル。乗用車的な快適性を目指したとはいえ、舗装路での乗り心地は当時のセダンやワゴンとは比較になりません。高速道路でのロードノイズや、コーナリング時のロールは、乗用車から乗り換えた人には驚きだったはずです。

また、燃費の問題も無視できませんでした。特にガソリンの2F型エンジンは、4.2リッターの排気量に対して出力はおよそ135馬力程度。2トンを超える車重を動かすには十分でも、効率が良いとは言えなかった。1970年代のオイルショックの記憶がまだ新しい時代に、この燃費は弱点として意識されていました。

さらに、1980年代後半になると三菱パジェロが登場し、より軽快で都会的なSUV像を提示します。60系は「重厚で頼れるが、やや鈍重」という印象を持たれるようになり、後継の80系への世代交代が求められていきました。

80系への橋渡し、そして今なお残る意味

60系が1990年に80系へバトンを渡したとき、ランクルの方向性はすでに明確でした。「本格的な走破性を持ちながら、高級乗用車としても成立する四駆」。80系はコイルスプリングサスペンションを採用し、フルタイム4WDを導入して、その方向性をさらに推し進めます。

しかし、そのすべての起点は60系にあります。40系の「壊れない道具」という遺産を受け継ぎながら、「快適に乗れるクルマ」への転換を最初に決断したのが60系だったからです。

興味深いのは、60系が今もなお北米やオーストラリアで根強い人気を持っていることです。中古車市場での価格は年々上昇しており、特にFJ62は「クラシックランクルの中で最も実用的に乗れるモデル」として評価されています。レストアベースとしての需要も高く、エンジンスワップを施して現代的に仕上げる文化も定着しています。

60系ランドクルーザーは、ランクルが「世界で最も信頼される四駆」から「世界で最も欲しがられる四駆」へと変貌していく、その最初の一歩でした。

高級化という言葉だけでは足りません。

四駆というカテゴリーそのものの価値を引き上げた──それが60系の本質的な功績です。

ランドクルーザーの系譜

小鍛治康人(やすと)

 

ランドクルーザー – BJ60/FJ60/FJ62【「働くクルマ」が高級車になった転換点】

Toyota

小鍛治康人(やすと)

この記事を書いた人

hodzilla51

クルマの系譜を追ってたら、いつの間にかサイトになっていました

関連車種