フェラーリといえば、12気筒のグランドツアラーを思い浮かべる人が多いかもしれません。
でも、いま世界中でフェラーリの「主力」と呼ばれるV8ミッドシップの系譜をたどると、その起点にいるのがこの308 GTBです。
1975年のパリサロンでデビューしたこのクルマは、単なる新型車ではありませんでした。フェラーリというブランドのビジネスモデルそのものを変えた、静かな革命の始まりだったんです。
ディーノの後継、だが意味はまったく違う
308 GTBの直接の前身は、ディーノ246 GTです。V6エンジンをミッドに積んだディーノは、フェラーリとしては異例の「エントリーモデル」でした。ただ、当時のフェラーリはまだ年間数百台規模の少量生産メーカー。ディーノは成功作でしたが、それでも「たくさん売って稼ぐ」という発想とは無縁の時代です。
ところが1970年代に入ると、フェラーリの経営環境は急速に変わります。1969年にフィアットが株式の50%を取得し、資本関係が変化しました。排ガス規制や安全基準の強化も進み、少量生産のままでは立ち行かなくなる未来が見えていた。そこでフェラーリが打ち出した答えが、「V8ミッドシップを量産の柱にする」という戦略でした。
308 GTBは、その戦略の最初の本格的な結実です。ディーノがV6だったのに対し、308は新開発の90度V8・2,926ccユニットを搭載しています。「308」という車名は排気量の3リッターと8気筒を意味し、「GTB」はグランツーリスモ・ベルリネッタ、つまりクーペを示す型式名です。フェラーリのV8ミッドシップ時代は、ここから始まりました。
ピニンファリーナの傑作、そしてFRPの初期型
308 GTBのデザインを手がけたのは、もちろんピニンファリーナです。ただ、このデザインの完成度はちょっと特別でした。ウェッジシェイプを基調にしながらも、角張りすぎず、曲面の使い方が柔らかい。1970年代のスーパーカーにありがちな「未来っぽさ全振り」ではなく、どこかクラシカルな品が残っている。結果として、このプロポーションはその後のフェラーリV8シリーズのデザイン文法を数十年にわたって規定することになります。
初期の308 GTBには、もうひとつ見逃せない特徴があります。ボディパネルにFRP(繊維強化プラスチック)を使っていたことです。これはディーノ246 GTの後期型でも一部採用されていた手法ですが、308 GTBの初期ロットでは外板の大部分がFRP製でした。軽量化には効きましたが、量産性やコストの問題から、1977年にはスチールボディに切り替えられています。
このFRP期の308 GTBは、生産台数が少なく、現在ではコレクターズアイテムとして高い評価を受けています。車両重量は約1,090kgと、スチール化後の個体より100kg近く軽い。走りの印象もかなり違ったはずです。
V8の味わいと、時代の制約
エンジンは先述の通り、90度V8 DOHC。各バンクにツインカムを持つ、いわゆる4カム構成です。ウェーバー製の40DCNFキャブレターを4基装備し、最高出力は公称255馬力。レッドゾーンは7,700rpmに設定されていました。フェラーリらしい高回転型のユニットで、音質はV12ほど滑らかではないものの、荒々しさと精密さが同居する独特のサウンドです。
ただし、この255馬力という数字は欧州仕様のもの。北米向けはより厳しい排ガス規制への対応が必要で、出力は大幅にデチューンされていました。1980年前後の北米仕様では200馬力を切っていたとも言われます。当時のフェラーリにとって、アメリカ市場は最大の顧客基盤。パフォーマンスを犠牲にしてでも規制をクリアしなければならない、という苦しい時期でした。
1980年にはキャブレターからボッシュKジェトロニック(機械式燃料噴射)に変更された308 GTBiが登場します。さらに1982年には4バルブ化された308 GTB クアトロバルボーレへ進化。これは1気筒あたり4バルブ、計32バルブとなり、排ガス対策で失われたパワーをある程度取り戻す狙いがありました。欧州仕様で240馬力。初期キャブ仕様の255馬力には届きませんが、低中速トルクの改善とドライバビリティの向上は明確だったとされています。
マグナム、そして「みんなのフェラーリ」
308 GTBの知名度を決定的にしたのは、実はクルマ好きのコミュニティだけではありません。1980年から放映されたアメリカのテレビドラマ「私立探偵マグナム」で、主人公トム・セレックが乗り回したのが308 GTSでした。GTSはGTBのタルガトップ版で、1977年に追加されたモデルです。
このドラマの影響は絶大でした。フェラーリは「遠い存在の超高級車」から、「かっこいい主人公が普段使いするスポーツカー」へとイメージを広げたのです。もちろんそれは演出上の話ですが、308シリーズの生産台数を考えると、この「身近さ」のイメージは現実とも矛盾しません。308 GTB/GTSシリーズは合計で約12,000台が生産されました。当時のフェラーリとしては、圧倒的なボリュームです。
つまり308は、フェラーリが初めて「台数を売る」ことを前提に設計し、実際にそれを達成したモデルだったわけです。
系譜の起点としての重み
308 GTBの後継は328 GTBで、排気量を3.2リッターに拡大して1985年に登場します。その後、348、F355、360モデナ、F430、458イタリア、488、F8トリブート、そして現行の296 GTBへと続く系譜は、すべてこの308を原点としています。
もちろん、途中でエンジンはV8からV6ターボ+ハイブリッドへと変わり、シャシーもボディ構造もまったく別物になっています。でも、「フェラーリのビジネスを支えるミッドシップV8(あるいはそれに相当するモデル)」という商品企画上の骨格は、308が作ったものです。
フェラーリの歴史を「12気筒の芸術」として語ることは簡単です。でも、会社として生き延び、成長し、現在の企業価値を築くうえで決定的だったのは、V8ミッドシップを量産の柱に据えるという判断でした。308 GTBは、その判断が初めてかたちになったクルマです。
華やかなスーパーカーブームの主役でもあり、テレビドラマのアイコンでもあり、コレクターが追いかけるFRP初期型の希少車でもある。でも、308 GTBの本当の意味は、フェラーリが「売れるスポーツカーを作るメーカー」へと変わった、その転換点に立っていたことにあります。
