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MR-S – ZZW30【最後のミッドシップを、トヨタは軽くした】

  • hodzilla51
  • 8分で系譜を理解
MR-S – ZZW30【最後のミッドシップを、トヨタは軽くした】

トヨタが量産ミッドシップスポーツを作らなくなって、もう20年近くが経ちます。

その最後のモデルが、1999年に登場したMR-S(ZZW30)でした。

先代MR2(SW20)がターボで武装したハードなスポーツカーだったのに対し、MR-Sはまるで別の思想で作られています。排気量は小さく、ターボもなく、車重はわずか1トン前後。

つまりトヨタは、ミッドシップの最終章をあえて「引き算」で書いたわけです。

MR2の後継、ではなかった

MR-Sを語るうえで避けて通れないのが、先代SW20との関係です。SW20型MR2は、3S-GTE型2.0Lターボを背中に積んだ本格的なミッドシップスポーツでした。最高出力は245ps。ところがこのクルマ、とにかく「怖い」と言われました。ミッドシップ特有のリアの挙動変化が急で、腕に覚えのないドライバーにとっては扱いにくい。スナップオーバーステア、いわゆる突然リアが流れる挙動が問題視されたのです。

トヨタの開発陣がMR-Sで狙ったのは、その反省を踏まえた「誰でも楽しめるミッドシップ」でした。当時の開発主査・牧野洋二氏は、パワーで押すのではなく、軽さとオープンエアの気持ちよさでスポーツカーの楽しさを再定義しようとしています。つまりMR-Sは、MR2の正統後継というよりも、ミッドシップという形式を残しながらクルマの性格そのものを作り替えたモデルです。

名前が「MR2」ではなく「MR-S」に変わったのも象徴的でしょう。Sは「Spyder」を意味し、最初からオープン専用として設計されました。MR2のハードトップを引き継ぐのではなく、ソフトトップの2シーターとして一から企画されたクルマです。

1ZZ-FEという「弱さ」の意味

MR-Sの心臓部は、1ZZ-FE型1.8L直4自然吸気エンジンです。最高出力140ps、最大トルク17.4kgm。スポーツカーとしては、正直なところ数字だけ見れば物足りません。同時代のインテグラタイプRが200psを超え、シルビアのターボが250psクラスだった時代です。「なぜミッドシップなのにこのパワーなのか」という疑問は、発売当初からつきまといました。

ただ、ここがMR-Sの設計思想の核心です。車重は約970〜1,000kg。パワーウェイトレシオで見れば決して悪くない。そしてエンジンが軽いことで、ミッドシップの弱点であるリアヘビーな重量配分が緩和されています。前後重量配分はほぼ45:55。SW20が抱えていた「リアが重すぎて挙動が急変する」問題を、エンジンの小型軽量化で物理的に解消しようとしたわけです。

要するに、1ZZ-FEは「非力だから選ばれた」のではなく、軽さと重量配分のために積極的に選ばれたエンジンでした。パワーが足りないという批判は当然あります。でもそれは、このクルマが何を優先したかを理解した上で語るべき話です。

シーケンシャルMTという冒険

MR-Sのもうひとつの話題が、SMT(シーケンシャル・マニュアル・トランスミッション)の採用です。クラッチペダルなしで、シフトレバーの前後操作またはステアリングのボタンでギアを切り替える2ペダルMT。当時のF1やスーパーカーで注目されていた技術を、200万円台のスポーツカーに載せてきたのは、かなり挑戦的でした。

ただ、正直に言えばこのSMTの評価は割れました。変速のレスポンスが遅く、特にシフトアップ時のタイムラグが大きい。スポーツ走行ではもたつきが気になるという声が多く、結果として5速MTを選ぶユーザーのほうが多数派になっています。技術的な志は高かったものの、当時のアクチュエーター技術では理想に追いつかなかった、というのが実情でしょう。

それでもSMTの存在は、MR-Sが単なる廉価スポーツではなく、新しいドライビング体験を模索していたクルマだったことを示しています。2002年のマイナーチェンジではSMTの制御が改良され、多少はレスポンスが改善されました。

走りの味は、数字に出ない

MR-Sの走りを語るとき、スペックだけでは伝わらない部分があります。このクルマの美点は、低速域から中速域でのコーナリングの楽しさです。ミッドシップレイアウトによるノーズの軽さ、1トンを切る車重がもたらす身のこなしの軽快さ。ステアリングを切った瞬間にノーズがスッと入っていく感覚は、同価格帯のFFスポーツでは絶対に味わえないものでした。

足まわりはフロント、リア共にマクファーソンストラット。凝った形式ではありませんが、軽い車体との相性がよく、しなやかに動きます。リアの接地感はSW20ほど神経質ではなく、限界付近でも穏やかにリアが流れ始める特性に仕上げられていました。

ソフトトップを開けて、エンジン音を背中に聞きながら峠道を流す。そういう使い方をしたとき、MR-Sは数字以上の満足感を返してくれるクルマでした。サーキットでタイムを削るよりも、ワインディングを気持ちよく走ることに特化した設計と言えます。

売れなかった、という現実

ここは避けずに書いておくべきでしょう。MR-Sは商業的には成功したとは言えません。日本での販売は伸び悩み、2007年に生産終了を迎えています。約8年間の販売期間で、国内累計販売台数は約1万6,000台ほど。同時代のロードスター(NB型)が安定して売れ続けていたのとは対照的です。

理由はいくつか考えられます。まず、パワー不足という印象がスポーツカーユーザーの購買意欲を削いだこと。次に、ロードスターという強力なライバルがすでに市場を押さえていたこと。そして2000年代に入ってスポーツカー市場そのものが縮小していたこと。MR-Sの企画が間違っていたというより、時代の逆風が強すぎました。

トヨタ自身も途中からテコ入れを試みています。2002年のマイナーチェンジでは足まわりの見直しとSMTの改良、内外装のリフレッシュを実施。さらに2005年にはエンジンを2ZZ-GE(190ps)に換装した仕様が……と言いたいところですが、これは実現しませんでした。2ZZ搭載の噂は根強くありましたが、結局市販には至っていません。

トヨタ・ミッドシップの最終章

MR-Sの生産終了をもって、トヨタの量産ミッドシップスポーツの系譜は途絶えました。初代MR2(AW11)から数えて約20年。3世代にわたるミッドシップの歴史は、ZZW30で幕を閉じています。

その後、トヨタは86(ZN6)でスポーツカーに復帰しますが、レイアウトはFR。GRヤリスは4WD。ミッドシップという形式に、トヨタが再び量産で挑む気配は今のところありません。MR-Sは「トヨタが最後にミッドシップを作ったクルマ」として、否応なく歴史的な意味を持つことになりました。

振り返ってみると、MR-Sは不遇なクルマだったと思います。パワーがないと言われ、SMTは中途半端と言われ、ロードスターに勝てないと言われた。でも、このクルマが提示した「軽いミッドシップで、オープンで、日常的に乗れるスポーツカー」という方向性は、今見ても十分に魅力的です。

パワーで殴るのではなく、軽さで曲がる。屋根を開けて、エンジンを背中に感じながら走る。MR-Sが目指したのは、スポーツカーの原点に近い快楽でした。それが市場に受け入れられなかったのは、クルマの問題というより、時代の問題だったのかもしれません。

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