シルビアとは
シルビアは、FRスポーツを「スポーツカーとして売らない」方法を探し続けたクルマです。
始まりは1965年のCSP311でした。フェアレディのシャシーに手叩きのボディを載せ、職人が一台ずつ仕上げる。結果として売れた数は554台。美しさは評価されても、商売としては成立しませんでした。
その反省の上に立つのが1975年のS10です。今度は大量生産できる部品で構成し、走りの数字ではなく「特別に見えること」を売る。日本の大衆スペシャルティカーは、ここから始まります。1979年のS110でその路線を広げ、後期にはFJ20E型を積む本格的なグレードも加わりました。1983年のS12は北米市場を強く意識した造形で、日本ではやや異端の世代として記憶されています。
すべてが噛み合ったのが、1988年のS13でした。柔らかく低い曲面のボディ、手の届く価格、そして後輪駆動。日産が前面に出したのは「デートカー」という売り方でしたが、中身はターボの効く2ドアクーペです。買った人がサーキットや峠で何をしたかは、いまさら説明するまでもありません。速さを謳わずに、速いクルマを大量に売った。シルビアの最適解でした。
1993年のS14は、その成功が枷になります。3ナンバーサイズへ拡大した車体は「太った」と言われ続け、販売も苦戦しました。設計としてはむしろ正常進化だったのに、市場はS13の記憶で評価したわけです。
1999年のS15は、その揺り戻しとして生まれました。ボディを再び5ナンバーに収め、SR20DETは250PSへ、6速MTも与えられます。誰が見ても走るためのクルマでした。しかし2002年、排出ガス規制への対応を機に生産を終えます。売り方の仮面を外したときには、その市場自体が縮んでいたのです。
CSP311からS15まで、7世代。シルビアの歴史は、日本の若者が手の届く値段でFRを買えた最後の時代の記録です。







