124スパイダーとは
124スパイダーは、イタリアの名前が50年後に日本の車体で戻ってきた例です。
1966年のAS、フィアット124スポーツスパイダーが出発点でした。量産セダンの124を土台に、ピニンファリーナが デザインと生産の両方を担当したオープン2座。高価な専用設計ではなく、大量に売れている実用車の部品で仕立てるという作り方は、当時のイタリアの得意技です。DOHCエンジンと四輪ディスクブレーキを備え、値段のわりに中身は本格的でした。
1972年のCSA、124アバルト ラリーはその競技版です。ラリーに出るための最低生産台数を満たすべく作られ、リアサスペンションの独立化やロールバーの追加など、公道向けとは思えない仕立てが入っています。スパイダーが「速い車」として認められたのは、この派生があったからです。
そして2016年のNF2EK、アバルト124スパイダー。骨格はマツダのロードスター(ND)で、生産も広島です。エンジンは1.4Lのマルチエア ターボで、味付けはアバルトが担当しました。軽量オープンを自前で企画するのが難しくなった時代に、名前と性格だけを持ち込むという選択をしたわけです。
ASからNF2EKまで。124スパイダーの歴史は、小さなオープンカーという商品を生き残らせるために、誰が何を出し合うかの記録です。



