インテグラ – DA1/DA2【ホンダが「スポーティの量産」を始めた日】

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インテグラ – DA1/DA2【ホンダが「スポーティの量産」を始めた日】

「スポーティなクルマ」と「スポーツカー」は違う。

この区別を、1985年の時点でかなり意識的にやっていたのがホンダだったと思います。

初代インテグラ、型式でいうDA1/DA2。

シビックでもプレリュードでもない、ちょうどその間を狙ったこのクルマには、ホンダが80年代半ばに考えていた「スポーティの民主化」がかなり明確に詰まっています。

クイントの名を捨てた理由

初代インテグラの正式名称は「クイント インテグラ」です。つまり、前身はクイント。1980年に登場したクイントは、シビック/バラードの上に位置する小型セダンとして生まれましたが、正直なところ存在感は薄かった。アコードほどの格もなく、シビックほどの割り切りもない。中途半端なポジションに置かれたクルマでした。

ホンダはこの後継車を出すにあたって、単なるモデルチェンジではなくキャラクターの再定義に踏み込みます。「クイント」の名前は残しつつも、「インテグラ」というサブネームを前面に押し出し、実質的には新しいブランドとして仕立て直した。後に「クイント」の冠は外れ、インテグラという名前だけが残っていくわけですが、この判断自体が、ホンダがこのクルマに込めた意志の強さを物語っています。

1985年という時代の空気

1985年は、日本車にとってかなり特殊な年です。プラザ合意による急激な円高が始まり、輸出依存の構造が揺らぎ始めた。一方で国内市場はバブル前夜の好景気に差しかかっていて、消費者の「もう少しいいクルマに乗りたい」という欲求が明確に高まっていました。

ホンダにとっても転換期でした。シビックは3代目(ワンダーシビック)で大成功を収め、プレリュードは2代目でデートカーとしての地位を確立しつつあった。ただ、その間を埋める「日常的に使えて、でもちゃんとスポーティなクルマ」が足りていなかった。アコードは上質路線に振っていたし、シビックはあくまで大衆車の枠内にいた。

インテグラは、まさにその隙間に打ち込まれたクルマです。

DOHCを「普通のクルマ」に載せるという決断

初代インテグラを語るうえで外せないのが、エンジンです。DA1にはZC型1.6L DOHC、DA2にはB16A型…ではなく、こちらも当初はZC型が主力でした。要するに、DOHC16バルブを量販グレードに惜しみなく投入したというのが、このクルマ最大のトピックです。

当時、DOHCエンジンはまだ「スポーツグレード専用」「上級車の特権」という空気が色濃く残っていました。トヨタの4A-GEがAE86に載って話題になったのが1983年。それでもDOHCはあくまで特別な選択肢であり、普通のユーザーが普通に買うグレードに標準搭載されるものではなかった。

ホンダはそこに風穴を開けます。インテグラでは、DOHCをベースグレードに近い位置にまで降ろしてきた。しかも回して気持ちいい、高回転型のホンダらしいフィーリングをしっかり持たせたまま。これは技術的な誇示ではなく、商品企画としての判断です。「DOHCの楽しさを、買いやすい価格帯で提供する」。この方針が、後のインテグラという車種の性格を決定づけました。

リトラクタブルヘッドライトが意味したもの

初代インテグラのデザインで真っ先に目に入るのは、リトラクタブルヘッドライトです。3ドアクーペのボディに、低くシャープなノーズ。当時の感覚でいえば、これは明確に「スポーツカーの記号」でした。

ただ、ここが面白いところで、インテグラは4ドアセダンと5ドアも同時にラインナップしていました。つまり、見た目はスポーティに振りつつ、実用性を完全には捨てていない。ホンダはこのクルマを「スポーツカー」として売ったのではなく、「スポーティなクルマ」として売った。この微妙だけれど決定的な違いが、インテグラの立ち位置そのものです。

リトラクタブルライトは空力上の利点もありましたが、それ以上に「このクルマはただの実用車じゃないですよ」というメッセージとして機能していた。デザインが商品企画の意図を視覚化していた好例だと思います。

足回りと走りの実像

サスペンションは前後ダブルウィッシュボーン。これもホンダがこの時代に積極展開していた形式です。シビックにも採用されていましたが、インテグラではホイールベースが長いぶん、直進安定性と旋回時のバランスがより洗練されていました。

正直に言えば、初代インテグラの走りは「鋭い」というより「気持ちいい」に近い。後のDC2やDC5のようなサーキット指向の切れ味とは違い、街乗りから峠までを軽快にこなす、日常域でのスポーティさが身上でした。高回転まで回るDOHCエンジンと軽い車体、よく動く足。この三つが噛み合ったときの爽快感が、初代インテグラの持ち味です。

車重は3ドアで約1,000kg前後。今の基準からすれば驚くほど軽い。この軽さが、1.6Lという排気量でも十分にスポーティな走りを成立させていた大きな要因です。

弱点と、時代の制約

もちろん、万能だったわけではありません。インテリアの質感はお世辞にも高級とは言えず、アコードと比べると明確に一段落ちる仕上げでした。ホンダの80年代のインテリアは機能的ではあるけれど素っ気ないという評価が多く、インテグラもその例に漏れません。

また、ポジショニングの難しさもありました。シビックSiが十分にスポーティだったため、「シビックより少し上」という立ち位置がユーザーにとってやや分かりにくかった。プレリュードほどの華やかさもない。良くも悪くも「実力派だけど地味」という評価がつきまとったのは事実です。

ただ、この「実力はあるのに派手さが足りない」という構図は、ある意味でインテグラという車名が後の世代でも繰り返し背負うことになる宿命でもあります。

系譜の起点としてのDA型

初代インテグラが残したものは何か。それは「スポーティさは特別なものじゃなく、日常の中にあっていい」という商品思想そのものです。

この思想は、2代目DA5/DA6/DB1でさらに洗練され、3代目DC1/DC2でタイプRという極点に到達します。DC2インテグラ タイプRが「FFスポーツの金字塔」と呼ばれるのは、DA型で敷かれた路線の延長線上にあるからこそです。いきなりDC2が生まれたわけではない。

初代インテグラは、派手なエピソードや伝説的な戦績を持つクルマではありません。でも、ホンダが「スポーティを量産する」という方向に本気で舵を切った、その最初の一台です。クイントという地味な前身から名前を変え、DOHCを日常に持ち込み、リトラクタブルライトで見た目にも意志を示した。

系譜というのは、頂点だけを見ていても分からない。起点を知ることで、その後の進化の意味がようやく見えてくる。

DA1/DA2は、まさにその起点です。

インテグラの系譜

小鍛治康人(やすと)

 

インテグラ – DA1/DA2【ホンダが「スポーティの量産」を始めた日】

Honda

小鍛治康人(やすと)

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hodzilla51

クルマの系譜を追ってたら、いつの間にかサイトになっていました

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