「アバルト」と聞いて、多くの人が最初に思い浮かべるクルマがあるとすれば、おそらくこれでしょう。フィアット・アバルト 595 SS。
フィアット500という、あの愛らしい小さなクルマをベースに、カルロ・アバルトが毒を仕込んだ一台です。
排気量はわずか600cc足らず。それでも「SS」——Super Sportの名を冠したこのクルマは、1960年代のヨーロッパで、小排気量チューニングカーという文化そのものを作り上げました。
カルロ・アバルトとフィアット500の出会い
アバルト 595 SSの話をするには、まずカルロ・アバルトという人物とフィアットの関係を押さえておく必要があります。
オーストリア生まれのカルロ・アバルト(Karl Abarth)は、戦後イタリアに渡り、1949年にトリノでアバルト社を設立しました。最初はレーシングカーやエキゾーストシステムの製造が中心でしたが、やがてフィアットの市販車をベースにした高性能バージョンの開発へと軸足を移していきます。
その最大の転機が、1957年に登場したフィアット・ヌオーヴァ500でした。リアにわずか479ccの空冷2気筒エンジンを積んだ、全長わずか3m足らずの超小型車です。イタリアの国民車として爆発的に普及したこのクルマを、アバルトは「素材」として見ていました。
安価で、どこにでもあって、構造がシンプル。つまり、手を入れやすい。アバルトにとって、フィアット500は理想的なベース車両だったわけです。
595という数字の意味
アバルト 595の「595」は、排気量を示しています。フィアット500の479ccエンジン(後に499.5ccに拡大)を、593.7ccまでボアアップしたことに由来します。この排気量の拡大自体は、数字だけ見れば地味に思えるかもしれません。しかし当時のレースレギュレーションでは排気量クラスが細かく区切られており、600cc以下というクラスに収めることには明確な競技上の意味がありました。
つまり595という数字は、単なるチューニングの結果ではなく、レースで勝つために逆算された排気量だったのです。ここにカルロ・アバルトの思想が凝縮されています。速くするだけではなく、どのクラスで、どう勝つかまで設計に織り込む。エンジニアであると同時に、レース屋の頭で考えていたということです。
110D、110F、110F/Lの進化
アバルト 595 SSには、型式の異なる複数のバリエーションが存在します。110Dは初期型にあたり、1963年頃から生産が始まりました。フィアット500Dをベースとし、排気量を593.7ccに拡大、圧縮比を上げ、専用のアバルト製エキゾーストを組み合わせることで、約27馬力を発揮しました。
ベースとなったフィアット500Dの出力が約18馬力ですから、約5割増しです。たかが27馬力と思うかもしれませんが、車重が約470kg程度しかないことを考えれば、パワーウェイトレシオは相当なものです。実際、最高速度は130km/hに達したとされています。500ccクラスの小さなクルマが高速道路を流れに乗って走れる——当時としてはかなりのインパクトでした。
続く110Fは、ベースがフィアット500Fに移行したモデルです。500F自体は1965年に登場しており、ドアが前ヒンジに変更されるなど、実用面での改良が加えられていました。アバルトはこの新しいベースに対しても同様のチューニングを施し、595 SSとしての性格を維持しています。
さらに110F/Lは、フィアット500Lベースの後期型です。500Lは内装の質感が向上したモデルで、いわば「ちょっと上質な500」でした。これをベースにした595 SSは、走りの鋭さはそのままに、日常の快適性がわずかに底上げされた仕様と言えます。
ただし、110D→110F→110F/Lという変遷は、アバルト側が大きく設計を変えたというよりも、ベース車両であるフィアット500の進化に追従した結果という側面が強いです。アバルトのチューニング内容そのものに劇的な変化があったわけではありません。むしろ、一貫した手法でベースの世代交代に対応し続けたことが、595 SSというモデルの安定した評価につながっています。
何が「SS」たらしめたのか
595 SSのチューニング内容を具体的に見ると、その手法は極めて正攻法です。ボアアップによる排気量拡大、圧縮比の引き上げ、吸排気系の最適化、専用キャブレターの装着、そしてアバルトの代名詞とも言える専用エキゾーストシステム。派手な飛び道具があるわけではなく、基本に忠実なチューニングの積み重ねで性能を引き出しています。
しかし、595 SSの本当の価値は、スペックシートの数字だけでは測れません。このクルマが特別だったのは、「完成品として売られたチューニングカー」だったという点です。アバルトはフィアットの正規ディーラー網を通じて595 SSを販売しました。つまり、ユーザーが自分でパーツを買って組むのではなく、最初からアバルトの手が入った状態で、保証付きで買えたのです。
これは現代で言うところの「コンプリートカー」の先駆けと言ってよいでしょう。メーカーとチューナーの協業による量産チューニングカーという商品形態を、アバルトは1960年代にすでに確立していました。
外観上の変更点は控えめです。アバルトのサソリのエンブレム、リアのバッジ、そして独特の排気音を奏でるエキゾーストの出口。それだけで、街中のフィアット500とは明確に異なる存在感を放ちました。見た目はほぼ同じなのに、走り出すとまるで違う。この「羊の皮を被った狼」的な性格が、595 SSの魅力の核心です。
レースでの実績と文化的な影響
595 SSは、ヒルクライムやツーリングカーレースで活躍しました。600cc以下のクラスでは圧倒的な強さを見せ、アバルトの名声を高める重要な武器となっています。カルロ・アバルト自身が「レースで勝つことが最大の広告である」と信じていた人物ですから、595 SSはまさにその哲学を体現した存在でした。
しかし、595 SSの影響はレースの世界にとどまりません。このクルマは、「小さなクルマでも速く走れる」「チューニングは特別な人だけのものではない」という考え方を、広くヨーロッパの一般ドライバーに浸透させました。イタリアの若者たちにとって、595 SSは手の届く範囲にあるスポーツカーだったのです。
この文化的な遺産は、後のホットハッチ文化にもつながっていきます。小さなベース車両にメーカーが手を入れて、手頃な価格でスポーティなクルマを提供する——この構図は、ゴルフGTIやプジョー205 GTIが登場するはるか前に、アバルト 595 SSが示していたものです。
サソリの刻印が意味するもの
2007年にアバルトブランドがフィアットグループ内で復活し、現代の「アバルト 595」が登場したとき、その名前が60年代の595 SSから直接引用されたことは象徴的です。フィアット500の現代版をベースに、アバルトがチューニングを施して販売する——構図はまったく同じです。
つまり、110D/110F/110F/Lという型式で呼ばれるオリジナルの595 SSは、単なるヴィンテージカーではなく、アバルトというブランドのDNAそのものを定義した車種だと言えます。小さなクルマを速くする。レースで証明する。そしてそれを、普通の人が買える形で届ける。この三位一体の思想は、カルロ・アバルトが595 SSで確立したものです。
600ccに満たないエンジン、500kgに届かない車重、27馬力という数字。どれも現代の基準では微笑ましいほど小さな数字です。しかし、そこに込められた思想の密度は、排気量や馬力では測れません。アバルト 595 SSは、小ささの中にこそ本気がある、ということを証明した一台でした。




