シロッコ – 53B GTX【初代最後の咆哮、1.8L 16バルブという回答】

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  • 8分で系譜を理解
シロッコ – 53B GTX【初代最後の咆哮、1.8L 16バルブという回答】

フォルクスワーゲンのスポーツモデルといえば、多くの人はゴルフGTIを思い浮かべます。それは正しい。

ただ、GTIより先にVWのスポーツイメージを切り拓いたクルマがあったことは、意外と忘れられがちです。シロッコ。ジウジアーロが描いたシャープなクーペボディに、ゴルフと共通のメカニズムを詰め込んだこの車は、1974年のデビュー以来、VWの「走り」を担う存在でした。

そのシロッコが、初代としての最終局面で送り出したのが53B GTXです。1982年に登場したこのモデルは、1.8リッター16バルブエンジンを搭載し、初代シロッコ史上もっともパワフルな仕様となりました。

モデル末期に「最強」を持ってくるというのは、なかなか意味深い判断です。

ゴルフの兄であり、影でもあった

シロッコの立ち位置を理解するには、まずゴルフとの関係を押さえておく必要があります。初代シロッコは、実はゴルフよりも先に市場に投入されました。1974年3月のことです。ゴルフの発売はその数ヶ月後。つまりシロッコは、VWがビートルから水冷FF時代へ転換するにあたっての「先兵」だったわけです。

プラットフォームはゴルフと共有。エンジンも基本的に同系統。ただし、ジウジアーロによる低くシャープなクーペボディをまとうことで、VWが新しい時代のスポーティさを提示するショーケースの役割を果たしていました。

ところが、1976年にゴルフGTIが登場すると状況が変わります。ホットハッチという概念を世に広めたGTIは爆発的にヒットし、VWのスポーツイメージはゴルフ側に急速に集約されていきました。シロッコは「クーペ」という形式ゆえに実用性では勝てず、かといってGTIほどのアイコン性も持てない。兄として先に生まれたのに、弟に主役を奪われた格好です。

モデル末期に16バルブを積んだ理由

初代シロッコは1974年から1981年まで生産されています。ただし、最終的な高性能版である53B GTXが設定されたのは1982年頃のこと。これはすでに二代目シロッコ(53Bの後期型とも重なる時期)への移行が進んでいた時期にあたります。ここで注意が必要なのは、シロッコの世代区分はやや複雑で、1981年に登場した二代目(タイプ53B)は初代のプラットフォームを大幅に改良しつつボディを刷新したモデルであり、完全な新設計ではなかったという点です。

つまりGTXは、この二代目シロッコのラインナップにおいて頂点に据えられたグレードです。搭載された1.8リッター直4 16バルブエンジンは、当時のVWとしてはかなり気合の入ったユニットでした。8バルブの通常仕様に対して、吸排気それぞれ2バルブずつの16バルブ化により、高回転域でのパワーと吸排気効率を大幅に改善しています。

出力は約139馬力。現代の感覚では控えめに聞こえるかもしれませんが、車重が1トンそこそこのクーペにこのパワーですから、実際の走りはかなり軽快だったはずです。しかも当時の欧州市場では、このクラスで16バルブというのはまだ珍しい選択でした。

16バルブの意味と、VWの技術的野心

1980年代初頭、16バルブエンジンはまだ高性能車の専売特許に近い技術でした。日本ではトヨタが4A-GEで16バルブの大衆化を進めていた時期ですが、欧州の量産車メーカーがこのクラスのクーペに16バルブを載せるのは、それなりに挑戦的な判断です。

VWがこのエンジンをシロッコに積んだ背景には、ゴルフGTIとの差別化という課題がありました。GTIが「日常の延長にあるスポーツ」だとすれば、シロッコはもう少し純粋に「走りを楽しむためのクルマ」であるべきだった。16バルブエンジンは、その主張を技術的に裏付けるための武器です。

実際、GTXの走りは単にパワーが上がっただけではありません。16バルブ化による高回転の伸びやかさは、8バルブのGTIとは明確にキャラクターが違います。回せば回すほど力が湧いてくるフィーリングは、クーペというボディ形式にふさわしい「ドライバーズカー」としての説得力を持っていました。

売れたか、という問いへの正直な答え

ここは正直に書いておくべきでしょう。GTXは、商業的に大成功したモデルとは言いがたいです。そもそもシロッコ自体が、ゴルフGTIの影に隠れて販売台数では苦戦していました。GTXはその中でもさらにニッチな高性能版ですから、台数が限られるのは必然です。

加えて、1980年代前半は欧州でもホットハッチ全盛の時代に突入しつつありました。プジョー205GTI、ルノー5ターボといった強烈な個性を持つライバルが次々と登場する中で、「VWのクーペ」という立ち位置はどうしても地味に映りがちでした。

ただ、それは「売れなかったから意味がなかった」という話ではありません。GTXは、VWが16バルブ技術を量産車に展開する試金石でもありました。この経験は、後のゴルフII GTI 16Vやコラードといったモデルに確実に受け継がれていきます。

シロッコが系譜に残したもの

初代シロッコから二代目、そしてGTXに至る流れは、VWにとって「ゴルフとは別軸でスポーツ性を追求する」という実験の歴史でもありました。この実験は、1988年に登場するコラードへと引き継がれ、さらに2008年の三代目シロッコ復活へとつながっていきます。

特にGTXの16バルブエンジンが示した「高回転型NAの気持ちよさ」という方向性は、VWのスポーツモデルにおける一つの原体験になったと言えます。後のゴルフII GTI 16Vが高い評価を得たのは、GTXでの知見があったからこそです。

もうひとつ見逃せないのは、シロッコという車名そのものが持つブランド価値です。VWはこの名前を三代目で復活させましたが、それは初代・二代目が築いた「VWのクーペ=シロッコ」というイメージが、長い年月を経ても消えなかったことの証拠でしょう。

最後の輝きが照らしたもの

53B GTXは、数字だけを見れば地味なクルマかもしれません。139馬力、1.8リッター、16バルブ。現代のホットハッチなら軽く凌駕するスペックです。

しかし、このクルマの本当の価値はスペックの外にあります。ゴルフGTIという怪物的ヒット作の隣で、VWが「クーペでしかできないこと」を最後まで模索し続けた、その執念の結晶がGTXでした。

モデル末期に最強仕様を出すというのは、メーカーにとって採算だけでは説明しにくい判断です。そこには「このクルマをこのまま終わらせたくない」というエンジニアの意地があったのだと思います。

シロッコGTXは、VWスポーツの系譜において、静かだけれど確かな分岐点を刻んだ一台です。

シロッコの系譜

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1982年〜
小鍛治康人(やすと)

 

シロッコ – 53B GTX【初代最後の咆哮、1.8L 16バルブという回答】

Volkswagen

小鍛治康人(やすと)

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hodzilla51

クルマの系譜を追ってたら、いつの間にかサイトになっていました

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