最速の会社が、突然「アナログ」を掲げた
テキサスのヘネシーが、3台目となる新型ハイパーカー「ブラックバード(Blackbird)」を公開しました。名前の由来は伝説の偵察機、ロッキードSR-71ブラックバード。8月14日のザ・クエイルでのデビューに先立ち、生産予定71台のうち3分の2以上がすでに割り当て済みだと同社は言います。価格は税別250万ドルから、顧客への納車は2029〜2030年の見込みです。
ただ、この記事で本当に語りたいのは価格や台数ではありません。ブラックバードが背負っているのは「最速を捨てる」という、この会社らしくない決断だからです。
ヴェノムGT/F5からの、あからさまな逆張り
ヘネシーはもともとチューナーから出発し、いまや専業のブティック・スーパーカーメーカーへと進化してきました。1台目のヴェノムGTはすでに16年前、2台目のヴェノムF5も6年目を迎えます。この2台に共通していたのは、ひたすら最高速を追う姿勢でした。ツインターボで極限のパワーを絞り出し、世界最速の称号を狙う——それがヘネシーの代名詞だったわけです。
ブラックバードは、その路線を「置き換える」のではなく「補完する」と位置づけられています。Autocarによれば、F5を置き換えつつ掲げたマンデートは明快で、「最大限の人機一体(maximum man-machine connection)」。要するに、数字ではなくドライバーの手応えを主役に据えたわけです。
面白いのは、これがF5の派生ではないという点です。ヘネシーはブラックバード専用にフルカーボンのタブを新開発しており、F5とのシャシー的なつながりはほぼ無いとされています。最速マシンの流用ではなく、思想からやり直しているのです。
NA・V8・9,000rpm・後輪駆動・ゲート式MT
心臓部は、NASCARで名を馳せたイルモア・エンジニアリングと共同開発した6.2リッターの自然吸気V8です。ターボもハイブリッドも積みません。狙う出力は800〜850馬力、レッドラインは9,000rpm超。そのパワーはすべて後輪へ、6速のゲート式(オープンゲート/リンケージ剥き出し)マニュアルを介して送られます。
0-60mph(96km/h)は2.5秒、最高速は220mph(354km/h)が目標値。乾燥重量は3,000ポンド(約1,360kg)を切ることを目指し、これはボディパネルをすべてカーボンで作ることで初めて成立する数字です。日産セントラより軽い、とMotor1は表現しています。タイヤはミシュラン・パイロットスポーツ・カップ2 Rを専用20インチに組み合わせます。
ただし、220mphは自然吸気で世界最速というわけではありません。1998年、3座のマクラーレンF1が240.1mphを記録しています。ブラックバードが最速の称号を狙っていないことは、このスペックからも透けて見えます。
スクリーンを全部やめる、という選択
最大の話題は「無いもの」のほうです。インフォテインメントの画面も、デジタルメーターも、ステアリングのボタンも、ひとつもありません。代わりにあるのは、ドライバーの視線上に並ぶ5つのアナログ計器。中央には10,000rpmのタコメーターが鎮座します。シフトリンケージは剥き出しで、点火は昔ながらの物理キー。スタートボタンは航空機を意識してオーバーヘッドコンソールに配置されています。
スマホ連携(Apple CarPlayやAndroid Auto)は、車内ディスプレイではなくドライバー自身の端末をマウントして処理します。つまり「画面が欲しければ自分のスマホをどうぞ」という割り切りです。
とはいえ、これはストリップされたトラック専用車ではありません。アダプティブサスペンション、ABS、トラクションコントロールといった電子制御は備えます。機内持ち込みサイズ2個ぶんの荷室、4つのカップホルダー、そして1日で800マイル(約1,287km)以上を快適に走れる仕立て。ヘネシーはこれを、あくまでロングドライブに使える「道具としてのロードカー」だと強調しています。
SF90や12Cilindriが合成変速へ進む、その逆を行く
この選択が際立つのは、いまの潮流を思い出すからです。スーパーカー/ハイパーカーの世界は、馬力・最高速・電子制御による支援の軍拡競争になって久しい。フェラーリSF90に代表されるハイブリッド化、パドルとデュアルクラッチによる「合成された変速」——高性能化の方向は、ほぼ一本道に見えていました。
ブラックバードは、そこにあえて背を向けます。ツインターボのヴェノム路線を持つメーカーが、自らNA・MT・スクリーンレスへ舵を切った。これは業界の「ある種の告白」かもしれない、とCarscoopsは書いています。同じ価格帯のマクラーレンW1に対して、よりアナログな選択肢を提示する立ち位置です。
興味深いのは、フェラーリの硬派モデル「12Cilindri」に3ペダル化の噂が出ていることも含め、揺り戻しの兆しが同時多発している点です。ブラックバードは、その最初のドミノになるのかもしれません。
SR-71というモチーフの一貫性
デザインも徹底して航空機がモチーフです。名前の使用権はヘネシーがSR-71から正式に取得しています。リアのアクティブ・スタビライザーはSR-71の尾翼をモデルにし、71mph以上で71度まで立ち上がってダウンフォースを稼ぐ——生産台数71台とも数字が響き合う仕掛けです。ダイヤモンド型の4本出しエキゾーストは、1947年に音速を突破したベルX-1へのオマージュ。フロントにケーニグセグ・イェスコ、サイドにパガーニ・ウアイラ・コーダルンガ、リアにアルファロメオ33ストラダーレの気配を見る人もいるでしょう。
最速を降りたヘネシーが、SR-71という「速さの象徴」を掲げてアナログへ回帰する。この矛盾こそが、ブラックバードという車の一番の見どころだと思います。数字で殴り合う時代に、あえて手応えで勝負する——その賭けが当たるかどうかは、2029年以降のオーナーたちが教えてくれるはずです。

この記事を書いた人
hodzilla51
クルマの系譜を追っていたら、いつの間にかサイトになっていました
