軽自動車のターボスポーツといえば、1980年代後半から90年代にかけてが黄金期でした。各メーカーがこぞってDOHCターボを積み、64馬力の自主規制枠いっぱいまで絞り出す。その急先鋒にいたのが、スズキのアルトワークスです。
ただ、1998年に登場したHA12S/HA22S型の5代目ワークスは、それまでとは少し違う空気のなかで生まれています。
新規格への対応、衝突安全の強化、そしてじわじわと変わりつつあった軽自動車の市場構造。
このモデルは、「速い軽」がまだ許されたギリギリの時代に、どうにか踏みとどまった一台でした。
新規格という転換点
1998年10月、軽自動車の規格が改正されました。全長が3.3mから3.4mへ、全幅が1.4mから1.48mへ拡大。ボディが大きくなるということは、単純に重くなるということでもあります。ワークスにとって、これは歓迎できる話ではありません。
5代目アルト(HA12S/HA22S)はこの新規格に合わせて設計されたモデルです。ベースのアルト自体が、居住性や安全性を重視する方向に舵を切っていました。衝突安全基準への対応でボディ剛性を上げ、構造材を増やし、結果として車重は増加しています。
先代のワークス(HA11S/HB11S)が車重600kg台で走り回っていたのに対し、新型は700kgを超えるグレードも出てきました。たかが数十kgと思うかもしれませんが、64馬力しか使えない世界では、この差がかなり効きます。パワーウェイトレシオが悪化すれば、体感の速さは確実に落ちる。ワークスにとっては、規格変更そのものが逆風だったわけです。
エンジンは二本立て
HA12S/HA22Sという二つの型式が存在するのは、搭載エンジンが異なるからです。HA12SにはK6A型ターボ、HA22SにはF6A型ターボが積まれました。ここがこの世代のワークスを語るうえで、ちょっと面白いポイントです。
K6A型は、スズキが新世代のエンジンとして開発したDOHC 12バルブのユニットです。アルミブロックで軽量、レスポンスも悪くない。一方のF6A型は、先代から続くSOHCターボで、ワークスの歴史をそのまま背負ってきたエンジンです。古い設計ではありますが、低中速のトルク特性に定評がありました。
つまりスズキは、新旧二つのエンジンを併売するという判断をしています。新しいK6Aだけに一本化しなかった理由は明確には語られていませんが、F6Aのターボ特性を好むユーザーが一定数いたこと、そしてK6Aターボの熟成がまだ途上だったことが背景にあると見るのが自然です。
結果として、HA22S(F6A搭載)のほうが「昔ながらのワークスらしい」と評価するユーザーは少なくありませんでした。ドッカンターボ的な味付けが残っていたF6Aに対し、K6Aはよりフラットで扱いやすい方向。どちらが正解かは好みの問題ですが、二つの性格を同時に出せたのは、過渡期ならではの面白さです。
足まわりと駆動方式の選択肢
駆動方式はFFと4WDの二本立て。4WDはビスカスカップリング式のフルタイム4WDで、先代から引き続いた構成です。競技ベースとして使うユーザーにとっては、軽量なFF(HA12S)が好まれる傾向がありました。
サスペンションはフロントがストラット、リアはFF車がI.T.L(トーションビーム的な構造)、4WD車がI.T.L.もしくはセミトレーリングアーム。このあたりは軽自動車の制約のなかで、コストと性能のバランスを取った結果です。スポーツカーとしては理想的とは言えませんが、そもそも軽自動車の価格帯で本格的なマルチリンクを奢れるわけがない。与えられた条件のなかで、チューニングで詰めていく世界です。
ワークス専用のセッティングとして、スプリングレートやダンパーの減衰力は専用品が与えられていました。ベースのアルトとは明確に乗り味が違う。街乗りでは硬いと感じる人もいたはずですが、ワインディングに持ち込むと、この硬さがちゃんと意味を持ちます。
「ie」と「RS/Z」の棲み分け
グレード構成も、この世代のワークスを理解するうえで重要です。大きく分けると、「ie」系と「RS/Z」系の二系統がありました。
ieはインタークーラーターボを搭載しつつも、快適装備を充実させた「大人のワークス」的な立ち位置です。ATの設定もあり、日常使いを重視するユーザーに向けたモデルでした。一方のRS/Zは、5速MTのみ、装備は必要最小限、レカロシートやMOMOステアリングといったスポーツ装備を奢った本気仕様です。
この棲み分けは、ワークスというブランドが「速さだけ」では商売にならなくなっていた現実を映しています。軽自動車の購買層が広がり、ターボ=速く走りたい人だけのものではなくなっていた。パワーに余裕のある日常の足として選ぶ層を取り込まなければ、販売台数は維持できません。
ただ、RS/Zの存在がワークスの「本気」を担保していたのも事実です。レカロのフルバケットシートが標準装備される軽自動車など、冷静に考えればかなり異常な商品企画です。この振り切り方が、ワークスをただの「ターボ付きアルト」とは違う存在にしていました。
ホットハッチの居場所が狭くなった時代
この世代のワークスが置かれていた状況は、率直に言って厳しいものでした。軽自動車市場はワゴンR(1993年登場)の大ヒット以降、トールワゴン系に一気にシフトしています。背の低いハッチバックは「古い形」と見なされつつあった。
ダイハツのミラにもTR-XXアバンツァートというターボモデルがありましたが、こちらも徐々に存在感を薄めていきます。三菱のミニカダンガンも同様。軽ターボスポーツというジャンルそのものが、市場から求められなくなりつつあったのです。
スズキ自身も、Keiワークスという別のアプローチを2002年に投入しています。SUVテイストのKeiにワークスの名を冠するという判断は、従来のアルトワークス的な文法では数が出ないという認識の裏返しでしょう。
HA12S/HA22S型のワークスは2000年に生産を終了します。アルト自体はモデルチェンジを重ねますが、次にワークスの名が復活するのは2015年のHA36S型まで、実に15年を待つことになります。
最後の「当たり前にあったワークス」
振り返ってみると、HA12S/HA22S型は「アルトワークスが普通にラインナップされていた最後の世代」です。初代から4代目までの勢いが残っていた時代の延長線上にありながら、市場環境は確実に変わっていた。その狭間で、エンジンを二本立てにし、グレードを棲み分け、スポーツ性と実用性の両立を図った。器用と言えば器用ですが、それは裏を返せば、一本の太い軸だけでは成立しなくなっていたということでもあります。
ただ、この世代があったからこそ、ワークスという名前は「軽自動車のスポーツモデル」の代名詞として記憶に残り続けました。2015年の復活が大きな話題になったのは、HA36Sの出来が良かったからだけではなく、ワークスという名前に15年分の待望が積み重なっていたからです。
HA12S/HA22Sは、華々しい初代や、完成度の高い復活モデルに比べると語られる機会が少ないかもしれません。でも、時代の変わり目に立って、ホットハッチの火を消さなかったモデルとして、系譜のなかでは欠かせない一台です。派手ではないけれど、いなければ困る。そういう存在でした。
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hodzilla51
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